――――異伝二
      第五話 逆巻く海嘯かいしょう







 晴天を駆ける潮風を両腕いっぱいに受け止めて、白き帆は海原を疾走していた。
 涼やかに跳ねる水飛沫は、流れる景色と風に乗って真昼の流星と化して在るべき場所に須らく還っている。爽快さを思わせるまろびの風景には、どのような凄絶な現実に呑まれどんな色彩に表面が染められようとも、裡の深遠にて自身を構成する根源は揺らぐ事は無く、自らがいずれ還るべき場所を決して見失っていない磐石さを見せ付けているようであった。
(……なんて、僕には似合わないな)
 船縁に寄り掛かり、ぼんやりとした眼差しで海面に生ずる白き喧騒を眺めていたジーニアスは、ふと自らの心中に浮かんだ言葉の羅列に苦笑を零した。嘗ての仲間である銀髪の参謀は、世の真諦を見据えて良く詩的とも哲学的とも言える表現を用いていたものだが、それを真似て口に出すのが憚れたのはきっと甚だしく自分の色に合っていないからだろう。
 だが何にしても、表層に浮かぶ程度の目先の事象に捉われず、その内側で蠢いている世の真理を見極めんとする思慮深さは、未熟な自分にとってはとても崇高に映っていた。
「ねぇジーニ……ジーニってばぁ!」
 思考が再び自らの内側に向かわんとした時。眼下ではなく背後から迫る騒がしさにジーニアスの意識は船上へと引き戻される。もっとも、騒がしさの元である声から既に相手が誰なのか判っていたので改めて確認する事でも無かったのだが。
「……何だリースか。そんなにがなり立ててどうしたんだ?」
 さも面倒臭そうに肩越しで振り返ると、予想通りそこには赤毛の少女リースの姿があった。いつの間に購入したのか、目印となっている黒の三角帽子を涼やかさを感じさせる麦藁むぎわら帽子に挿げ替えている。帽子の鍔によって生ずる影でその表情をはっきりと捉える事はできないが、それでも口元や頬を引き攣らせては眉間に深く皺を刻んでいる事は一目瞭然。少女からは幽鬼然とした凄みが発せられているようだった。
 泰然とジーニアスの視界を占めるように仁王立つリースは、不機嫌さを隠す事無く筒状に丸められた紙の束を握り潰し、剣呑な眼光を滾らせてジーニアスをめつける。
 対してジーニアスにしても、両者の付き合いの長さ故かそれを一々気にしたところで仕方がないと言わんばかりに小さく肩を竦め、挙句の果てには真剣味に欠ける眠たげな眼を擦って生欠伸などをしたりするものだから、軽んじられたと思ったリースの心中に燻っていた不満は天頂を突破した。
「どうした、じゃないでしょ! もう何度も何度も呼んでいたのに気付かないなんて酷いよっ!!」
「ごめんごめん。ちょっと考え事をしていたからさ」
「漸く船の改修も終わってポルトガを出航する準備が整ったんだから積み込んだ補給物資の目録をチェックしてってお願いしてたのに何でこんなところでのほほんと油売ってんのよっ!」
 言って間も無くリースは激昂し、殆ど一息で一気に捲し立てていた。
 リースの言う通り、ジーニアス達は今。船の改修及び試運転等の全工程を終え、船を工廠から入港時に指定された停泊場所に引き揚げる最中、湾内という限られた領域を航行していた。勿論、正規の航路とは隔てられている水域の為、接触事故が起こる事など無い。せいぜい気をつけるのは機動性の向上によって船を転覆させないように操舵を慎重にする事と、追加装備した推進器が暴発しないように船の結界を司る魔力伝達回路に流す魔力を調整する事。そして何よりも、航行が平穏無事に済む事をただただ海神に祈るのみだった。
 補給物資の類の用意は、改修の終了時期を見越してここ数日で事前に終了させていた。そして造船所を発つ際に概ね積載作業も同時に済ませていたので、後は自分達の身を乗せて出港するだけだ。国家機関である港務局に出港の手続きをする事と、この地で世話になった人達へ別れの挨拶を済ませる事が、飛び立つ鳥達が後を濁さない為に最後にすべき事だと言えるだろう。
「あー、ほら。今日も良い陽気だよなぁ、って思ってさ。何ていうか、こんな陽気の良い日ってのんびり空を眺めていたくなるだろ?」
 事情が事情で忙しなさを求められている自分達の現状。船を操るリースにジーニアスは物資の最終的なチェックを頼まれていたのは紛れも無い事実なのだが、心地良い風と陽気につい忘れてしまっていた。
 それを自覚してジーニアスはバツが悪そうに頬を掻くと、眦を吊り上げたリースが吼える。
「ならないわよ! そんな爺臭くて見え透いた言い訳で誤魔化そうとしないでよねっ!」
「爺臭い……ってお前、何気に容赦ないな。傷つくじゃないか」
「超絶鈍感で呑気者で痴呆癖持ちのジーニにそんな繊細な神経ある訳無いじゃない!」
「そんな酷い……」
 怒髪天とはこの事か。烈火の如く怒らせてしまったリースと言い争っても無駄なのを知っているジーニアスは受ける方に徹していたが、その辛辣さに肩を落とさざるを得なかった。実際、頼まれ事をすっかり忘れていた自分の非は間違いないのだが、その歯に衣を着せず、清々しいまでに無遠慮に責め立てる言質は間違いなく仲間の剣士ゼノスの影響なだけに的確にこちらの心を抉る。
 肩身が狭くなってしまったジーニアスなどお構い無しに、憤然たるや留まる事のないリースの勢いは、やがてその矛先を反対側の船縁に積んである木箱の上でじっと海を見下ろしている黒衣の少女…イーファに向けられた。
 薄桃の髪を潮風に靡かせている少女がこの船に乗っているのは、先日何となしにジーニアスが交わした約束を果たしたからだ。あの約束の日以降、イーファは決まって夕刻に同じ場所に現れていたのでジーニアスは幾つも言葉を交わし、今日と言う日に招いたのだった。
 乗船時にイーファと鉢合わせる事のなかったリースは訝しさを一層深めてジーニアスを見据える。
「そもそも……あの子、何?」
「あ、ああ。あの子は――」
「何? 誰なのっ?」
 それはまるで恋人が自分とは別の誰かと密会している所に鉢合わせた際、言い回されるような誰何だ。もっともこの場合、双方にそんな色彩も感情も皆無だったが。
 間髪入れずリースに語調を強めて追撃され、しどろもどろに言い澱んでいたジーニアスは何と説明したものかと一層深く思い悩む。全く以ってやましい事など無いのだが、やはり仲間に相談せずに独断で子供とはいえ外部の人間を船に乗せた事には少しばかり後ろめたさを感じていた。自分達の事情を鑑みれば、船に出自の明らかでない誰かを乗せるのはあまり好ましいと言えず、慎重を期するべきものだからだ。
 その事が尾を引いて口蓋を重くしていたが、不機嫌さを増長させているリースの姿に最早生半可な誤魔化しは火に油を注ぐだけだった。それを先んじて覚ったジーニアスは、観念して深々と溜息を吐く。そして何時の間にか額に張り付いていた前髪を手で掻き揚げた。
「あの子はイーファと言って、まあその何だ……色々、あってね。ちょっと前に船に乗せてあげる約束をしたんだよ」
「色々、ねぇ……どんな状況でそうなったか知らないけど、一緒に湾内を周航クルージングなんて随分と親密なご様子ですことっ!」
「あのなぁ」
「青い海と、晴れた空。眩しい太陽に、心地良い風。騒がしい街の雑踏を忘れる一時、爽快な景色に洗われる心……どこぞの貴族様が優雅に過ごすような状況じゃない。流石は元貴族だけあって女性のエスコートはお手のものって事なのね!!」
 芝居がかった仕草と口調で詰め寄るリースに向けて、ジーニアスは心底ウンザリしたように溜息を吐く。目録のチェックを怠った事を責められていた筈が、いつの間にか論点が替わっている気がしていた。
「……お前、さっきから何に怒っているんだ?」
「怒ってないわよっ! ジーニがあんないたいけな子供を口説き落とした事に、道徳的な危機を感じているのよ、このっ……変態っ!!」
 義憤と共に延々と詮無い罵倒が続く中、流石に変態と罵られてはジーニアスも黙ってはいなかった。
「まてまてまて誰が変態だ誰が。お前、何だかとんでもない誤解をしているぞ」
 だが当然の如くジーニアスの異議は受け付けられず。寧ろリースの憤慨は加速し、少女に地団駄を踏ませた。
「誤解!? これはもう誰がどう見たって立派な幼児誘拐じゃないっ! どこに釈明の余地があるって言うのよ!!」
「誰が誘拐なんてするかっ!!」
「……じゃあ何? 一歩譲って誘拐じゃないとしても、馴れ初めは何?」
 頬を膨らませ、むっつりとした様子でリースはつっけんどうに返す。その眼差しは絶対零度の冷ややかさで、相変わらず疑惑や軽蔑に満ちたままだ。
「いや、造船所の傍で船を見てたから、声を掛けたんだけど」
 心底辟易したジーニアスは、いちいち事細かな状況を説明するのが億劫になったので掻い摘んだ経緯を連ねてみると、リースは色めきだった。
「それって思いっきり誘拐かナンパの手口じゃない!! 幾らジーニが無自覚で節操無しだとしても最低限度の良識はあると信じていたのにっ!」
「誰が節操無しだっ! お前いい加減にしろよ!」
「違うって言うの!? この前のカザーブの時だって、見知らぬ女性の腕を後ろから突然思いっきり鷲掴みしてたし!! あれってセクハ――」
「人聞きの悪い事を大声で叫ぶなっ!!」
 白熱する詰り合い罵り合いは天を衝く勢いで激しさを増してゆく。端から聞いていればそれは子供染みた言い合いに過ぎなかったが、この場において当人達以外に存在せず。互いに退かず、互いに譲らず。険悪な睨み合いが少しの間続いた。
 やがてリースは傍の船縁にしなだれかかるようにゆっくりと崩れ落ちる。
「……あぁ、自分のやった事さえ自覚できていないこの体たらく。こんな事をジェシカが聞いたら絶対泣いちゃ――ううん。……最悪ジーニを殺して自分も死ぬって言い出すかも」
 ご丁寧に目元に手を添え、涙を掬う仕草まで加えて言い零すわざとらしいリースを冷めた眼差しで見下ろしていたジーニアスは、その言にあからさまな怪訝を浮かべた。
「……どうして僕がジェシカに殺されなきゃならないんだよ? だいたい、何でお前がそう突っかかって来るんだ?」
「別に私だってジーニが何処で女性を誑かそうがどうだって良いんだけどね……ジーニに悪い虫が付かない様に見張ってろ、ってジェシカに脅されているのよ」
「は? 脅す? ジェシカが? ……お前を?」
 物騒且つ不穏な言葉に思わず目が点になるジーニアス。兄としての視点から実妹ジェシカと義妹リースの仲は良好で、本当の姉妹かと思えるほどであった筈だ。
 そんな思いを巡らせながら妹を見やると、いつの間にか涙目になっていたリースの顔には深い疲労が滲んでいた。
「この約束守れなかったら理由の如何なしに私の所為になるし、ジェシカ絶対もの凄く怒るし……ジェシカって怒るととっても怖いんだからね! どーせ鈍いジーニは知らないんでしょうけど、命令されたこっちの身にもなってよね!!」
「…………はあ?」
 見えない何かに怯え震える身体を抑えるように自ら抱きしめ、上目遣いに睨んでくるリースにジーニアスはただ首を傾げるだけだ。半泣きに近い恐慌をきたした表情は疑問を更なる混迷の深淵に突き落とすだけ。
 いつも素直で、いつもたおやかな笑みを絶やさない実妹の怒った姿など想像ができないジーニアスは、リースの様相にただ只管に疑問符を並べるだけであった。








―――時を遡る事、数日。
 カルロスが人間でいられる間、ジーニアスは剣の鍛錬を着けてもらう事がこの地での日課になっていた。毎日この喧騒から離れた地へと足を運び、談話をこなしながら剣の修練に打ち明ける。日中はサブリナとの訓練がある事もあって密度の濃い時間を送っていたが、その分とても充実した一時だった。
 いつものように鍛錬を終えた後。激しい運動で火照った身体に夜風が心地良く感じられる。
 無造作に放置されていた嘗ては塀であった岩塊に腰を下ろしたジーニアスは呼吸を整え、同じく正面に転がった石柱の残骸に背を預けるカルロスを見上げた。
「……ご指導、ありがとうございました」
「君の剣はひたむきだな。荒削りだが、それだけに成長の余地が多く、何よりも呑み込みが早い。この鍛錬を始めてから数日で見違える程だよ」
「そ、そうでしょうか?」
 随分と好評価を得られたので面映くなる反面、そう言われてもいまいち実感は沸かない。サブリナにも似たような事を言われて褒められはしたものの、まるで歯が立っていない状況で実感出来るほどジーニアスは楽観でも、傲然でもなかった。
 もしかするとカルロスやサブリナといった上位に立つ者にしかわからない微妙な変化があったのかもしれない。だがそれを敢えて聞いてみようとジーニアスは思わなかった。それは自分が知るべき事ではないのだと、殆ど直感がそう言っていた。
 夜の涼やかな風が周囲の閑散とした廃墟を舞う中。額に薄っすらと滲んだ汗を拭い、落ち着いた笑みを浮かべてカルロスは鞘に剣を納める。その手には、緩やかな波をそのまま刃にしたような風変わりな刀身を持つ細剣がぼんやりと夜光を反していて、それがふと眼についた。と言っても、刀身の形状ではジーニアス自身の持つ『烈炎の剣』の方が遥かに奇抜なので然程気にはならず、寧ろ意識を惹きつけて止まなかった要素は、剣自体の醸す異質な存在感の方にあった。
「……カルロスさんの剣って、何だか雰囲気がサブリナさんの『誘惑の剣』に似ていますよね」
 サブリナの『妖刀・誘惑の剣』を初めて見せてもらった時。その刀身の美しい造詣もさることながら、意識の奥深くに働きかける何か・・を感じたものだが、今カルロスが手にしている細剣にも同種の気配を覚えていた。
 思った事をそのまま口にしただけの単なる感想だったのだが、カルロスは手を止め意味深長にジーニアスを見据える。
「気付いたのか……君は良い識別眼を持っているようだな」
「はあ」
「確かにこの『漣衝さざなみの剣』は普通の剣とは異なり、とある魔法を内包する魔導器だ。まあ、今は君の星辰六芒剣である『烈炎の剣』に比べれば玩具みたいな代物に過ぎないが」
「いえ、そんな事は……」
「この剣もまた、サブリナの『誘惑の剣』を鍛えた刀匠ゴディアスの手によって造られた一振りだ。君も、剣を手に戦う者であるのならばその名は聞いた事があるだろう?」
 そう問われてジーニアスはコクリと頷く。改めるまでも無く、その名は既知のものであったからだ。
 剣の路を志す者にとって必ずと言って良いほどに耳にする名前に挙げられるのは、操者として“剣聖” イリオス=ブラムバルド。そして鍛治師としてゴディアス。その両名が挙げられる。それらの名は、剣に生きる者ならばその名は知っている事が常識のようなもので、特に“剣聖”の方は勇者オルテガの父という事実も相俟ってその路に轟いている。ただ、このポルトガにおいては歴史的背景から悪名だったが。
「私は師の下でこの剣に出会う事が出来たんだ。……サブリナは、良い剣を探して実家や商団の蔵を漁っていたら見つけたと言っていたが」
「……な、何と言うかサブリナさんらしいですね」
 薄暗い倉庫の中。サブリナが美術骨董品を無造作に放り投げて物色しているその光景が何故かはっきりと想像できた。
 その納得を思わず口にしてしまった事に気付いたジーニアスは慌てて口を閉ざすも、時は既に遅し。カルロスは笑いを噛み殺すように肩を揺らして同意していたが、傍で二人の鍛錬を静観していた白猫が今にも飛び掛ってきそうな体勢で牙や爪を剥き出しに威嚇していた。
 これが原因で次の鍛錬で制裁されるかもしれない。いや、それよりも危険なのは今なのか。
 戦慄するジーニアスは内心でそう思って冷や汗を掻きながら後ずさり、猫は獲物を捉える猛獣の如くじりじりとにじり寄る。やがて鋭く響いた雄叫びと共に爪牙を閃かせた襲撃に、ジーニアスは情けない断末魔を挙げた。
 夜も更け、寝静まった周囲の世界には甚だ迷惑な事であったが、その慌しい光景をどこか懐かしむように穏かな眼差しで見つめていたカルロスは徐に夜空の星々を望む。
 鮮やかなまでに広がる深藍の天蓋に眩く点々と燈る星の輝き。一つ一つは小さな儚い瞬きに過ぎなくとも、群を為し、環を広げて大きな連なりを形成すればそれは混沌の闇をも払う大いなる光輝の奔流となる。
 季節は既に晩春から初夏を越えてに半ばに差しかかろうとしている。天を彩る色模様はその煌きを以って様々な存在の鼓動を往古より人々に幻視させてきた。それは例外なく今の空でも展開しており、この澄み切った天球には渾然とした夜闇を崩す亀裂を深々と刻んでいる星の大河が横たわっていた。
 天の河には薄っすらと闇に霞んで呑まれんとしている場所もあれば、泰然と空に根を下ろしている活力を吸い上げている輝きもある。その完成された一つの流れから放射される清廉な力の波動は、普く地に降り注いで無数の意識達を果ての無い夢幻の旅路へと誘っているのだ。
 自らの裡に燻り続けている願いを星空に重ね、カルロスは想いを馳せた。
 一方。サブリナに徹底的に引っ掛かれて身体中のいたる所に裂傷を負ったジーニアスは、気分的に半泣きになりながら回復魔法を自らに掛けて傷を癒す。そして突然空を見上げたまま黙してしまったカルロスに倣い、星々の鏤められた夜闇へと視線を動かした。
 王都中心部に比べ、この僻地としか言いようが無い閑散とした場所において、どこまでも澄んで映る空の威容。それは確かに心が洗われるような情景だ。航海の時、大海原から見上げた無限の星空も素晴らしいものがあったが、空に加えて大地の命の息吹に彩られるこの景色もまた違った美しさを見せ付ける。
 月の満ち欠け具合からするとここ数日中には新月の夜を迎える事になるだろう。それを意識してジーニアスは少し表情を曇らせた。
(新月の夜に良い思い出はないからな……)
 二人に気付かれぬように小さく溜息を吐く。太陰神ゼニスから見放された夜の時間は、否が応にも生家を追われたあの日・・・の記憶に直結する。それに連なり、最後に館を出て行った父の後姿が甦ってくるのだ。
 その感傷がジーニアスの口から自然と衝いて出ていた。
「カルロスさん。その、貴方に聞きたい事があるんですが……」
 それはカルロスには意図的に聞くまいとしていた事。だがもうじきこの地を発たねばならない身としては、どうしても知りたいという欲求は抑えられなかった。
「…………」
「カルロスさん」
 依然、沈黙は守られる。空を見上げたまま動く事の無いカルロスの表情は、残念ながらジーニアスの位置からでは判らなかった。
 夜の風を冷たく感じるのは、それを感じる側の感情にも由来すると密かに思う。深長に保たれる沈黙は実際にそれ程の間ではなかったのだが、ジーニアスの体感的にはとても長いように感じられていた。
「十年前の、テドン決戦の事だろう?」
 漸くてカルロスから答えが返された。その声調が一段下がり、酷く落ち着いた韻で紡がれていた。
 もしかすると、こうして鍛錬を重ねていく中でいつかはジーニアスからその話題を振ってくるであろうと予感していたのだろうか。カルロスの声色はそう思わせるまでに淡々としていた。
 目線は未だ星々の空に向けられたまま。逆に言い当てられたジーニアスの方が狼狽し、小さく眼を見開いて自らを落ち着かせようと努める。やがて、ええ、と首肯した。
「当時何があったのか……僕は、知らなくちゃいけないと思うんです。この先、旅を続ける上で“エレイン”の名にまつわる業とぶつかる時が遭うかもしれない。その時、真正面から向き合う為にも」
 思えば詳しい事情を知っている筈であろう母やカンダタ、ノヴァやゼノスを始めとする仲間達の間で、自分の耳にそれを入れまいとする意思が働いていたように思える。今よりも幼い頃、同じように母に問い詰めた事もあったが、軽やかにはぐらかされた挙句、手製の睡眠薬を口に放り込まれて有耶無耶にされたのは苦過ぎる思い出だ。
 何故周囲がそんな事をしたのかと理由を考えた時、それは直ぐに思い当たる。普段より周りは父と自分は別だと扱ってくれる。それは偏に父の名…“勇者”という称号とその因業に押しつぶされない様にする為、つまりは自分を守る為だろう。
 だが、もうそんな周囲の厚意に甘えてばかりもいられない。庇護を享受するだけの幼年期は終わりにしなければならなかった。世界と向き合うべき自分自身の路を構築する為にも。無限に広がる大空に向かって羽ばたく為にも。
 この旅路はその為の一歩であるとジーニアスは確信を抱いている。更に前へと進む為には父を知り、その足跡を辿る必要があると感じていた。そして今、目の前には父の最後の足跡でもある十年前の時間を体験したカルロスがいる。例え十年前の記憶が彼にとって耐え難い苦渋を甦らせるものだとしても、恩人の心を慮ることさえ越えて、父の足跡を知りたいという想いの方がこの時のジーニアスの中では勝っていたのだ。
 決然とした意志を宿す真摯な眼差しでジーニアスはカルロスを見据えたままだ。その揺らぎ無い様子に、黙していたカルロスは、やがて小さく溜息を吐く。
「真正面から向き合う為に、か……そう澱み無く言われてしまえば、私に拒む事はできないな」
 それは自嘲か。口元を歪ませたカルロスは双眸を静かに伏せる。
「きっと、君には知る権利があるのだろう……だが、予めこれだけは言っておく。過去を知ったところで、既に完結した時間の環に君の手が届く事は決してない。サイモン殿が負った業は、あくまでもサイモン殿だけのものだ」
「え?」
 パチリとジーニアスは目を瞬かせる。カルロスの眼差しはこちらの心底を見透かすような深謀さを以って射抜いてきた。
「親が背負った業を、子が代わりに背負わねばならぬ道理など無い。その前提で話をするが……十年前当時。嘗ての魔竜討伐の功績を以ってランシールより認定されていた“世界の勇者”であるサイモン殿、オルテガ殿のお二人は、各地の魔物を討伐しながら同盟諸国の王達を説き伏せ、反魔王を掲げる世界同盟軍を結成した」
 過去には利得から同盟諸国が手を取り合って軍を形成するという事実は度々あったが、このように同盟全てを取り込んだ混成軍の結成は歴史上初であった。対魔物、反魔王の意志の下に統一された同盟軍の事を当時の人々は、破滅の使者たる魔物に対して、暗澹に向かう世界に黎明を導く者達として“曙光の軍勢”と呼んでいた。
 軍勢には世界に名立たる“勇者”をはじめとする数多くの英傑達が集い、魔物根絶を理念に据えて獅子奮迅の活躍を見せた。破竹の快進撃を連ね、世界の要所要所に展開していた魔の手勢の悉くを打ち破り、人々に希望を齎していった。
 そして“曙光の軍勢”が終に臨んだ最大規模の戦いをテドン決戦……世間一般に認知されているのは、局所的に大量発生した魔物群を討伐する為に軍勢が派兵された、対魔物における史上最大の掃討戦――しかし、世間の周知が常に真実ではない事を知るジーニアスは、沈黙を守って当事者であるカルロスの言葉を待った。
「魔王降臨から十年……少しずつ情報を集めた世界は、魔王バラモスの本拠地として推定した旧ネクロゴンド城を挟んで南北からの同時攻勢を計画した。敵本拠地から南側にあるテドン大公国に“曙光の軍勢”を大々的に布陣する事によって魔王軍の注意を分散させ、その隙に北方から二人の勇者が攻め入る……それが、サイモン殿が提唱した作戦の全容さ」
 陽動と奇襲。数に優れる軍で敵勢の眼を引き付け、一騎当千の力を有する二人の勇者を懐に潜り込ませる。その作戦は勇者達の方に想像を絶する重荷が圧し掛かるものの、軍と違って身軽に動ける分、撹乱、急襲、撤退、特攻など臨機応変に対処できる事を狙っての戦略なのだろう。
「軍勢側の総指揮を執る事になったのは、兵の比率が最も多かったサマンオサ軍の“天鷲”クエーサー将軍と、次点であったポルトガから私……サブリナは私の副官として共に現地に出向いていた。他にもダーマから十三賢人“双天使・督”アトレイシア殿、“四華仙・霊”ルベン殿が派遣され、クエーサー殿の呼びかけに応じたリヴァイア提督の艦隊が同盟軍後方の海域を、イシスのネフェルテム殿に前線指揮を任せて皆が皆、来るべき開戦に備え士気を高めていた。そして――」
 膝の上で組んでいた両手が、何時の間にか静かに震えている事にカルロスは気が付く。目の前のジーニアスもそれに気付いていたようで、わざとらしくそれを見ない様にしている。隠せないところがまだまだ未熟であり、寧ろ若さの顕れでもある気遣いがくすぐったく感じられ、一旦言葉を切ったカルロスは平静を保つ為に呼吸を整えた。
「君も知っていると思うが、サイモン殿はオルテガ殿と合流せず、結局オルテガ殿は単身で向かう事になった……世間で伝えられる事はそこで終結しているな」
「……はい」
 そこで終結してしまっているからこそ、勇者サイモンは世間から裏切り者と謗られる事となった。誰一人として、父のその後の行方を知らない語らない。嘗てその事にどれだけ嘆いた事か、と沈痛な面持ちでジーニアスは頷く。
 自分はその頃、まだ祖国で安寧を享受しているだけの子供だった。平和の裏側で蠢いている血生臭い戦いの事実など夢にも思わなかった事だろう。出立する父の背を見送った時も、やがて何時もと変わらない姿で帰って来て自分や妹を抱き上げてくれるものだと信じきっていたのだ。
「父さんは、一体どうして――」
「ジーニアス君」
 父の姿を思い返そうとして、既に記憶の中で色褪せ始めていた事を自覚したジーニアスは悲痛に顔を曇らせる。そのまま暗澹に引きずり込まれそうになるのを制したカルロスの声は、まるでそれ以上沈むのを戒めるような余談許さぬ厳しい調子だった。
 はっとしてジーニアスは顔を上げると、表情を引き締めたカルロスがこちらを見つめていた。
「会戦において最も重要なのが何かわかるかな?」
「え? そ、そうですね……兵の練度、装備、士気など要因は沢山考えられますけど……やはり、ですか?」
 話の脈絡からすると全く別方向の質問が飛ばされ、ジーニアスは眼を瞬かせる。だがそれに浸る事無く、小さく唸りながらも思考を巡らせる事が出来たのは、きっと軍としての集団行動を“流星”にいた頃に充分体験しているからだろう。
 たどたどしくはあったものの、導き出した答えにカルロスは満足げに頷いていた。
「私達が求めたとは、軍と同時に勇者達が行動を始め、且つ敵側に大きな混乱を招く事だった」
「……理屈としてはわかりますが、そんな都合の良い手段があるんですか?」
 その言葉を吟味し、その末に辿り着いた結論にジーニアスは胡乱に眉を寄せる。
 確かにその一石二鳥が叶えば人間側に有利に働くのは間違いないだろうが、現実的に考えてそれは都合良すぎだと言わざるを得ないだろう。そもそも不確定要素が目まぐるしく交錯する戦場において、堅実さこそ常套の勝利を齎すものだ、というのが父サイモンの口癖だった。無論、起死回生の一手が勝利をもぎ取る事もあるが、それは極めて劣悪な状況にまで追い込まれないと発揮されない類の事であり、背水の陣は賭けの要素が余りにも大きい。何より人間を相手にするのであればまだしも、同盟軍が対峙したのは異形である魔物の大勢…人間の常識など無残に蹂躙する破壊の徒なのだ。
 二兎追う者一兎も得ず、という先人の教訓がジーニアスの脳裡で色濃く主張される。そこから浮かんだ半信半疑が面に貼り付けられるのを見て、嘗てカルロスも同様に思ったのか小さく頷いた。
「勿論そんなものは奇跡だと、軍議の中でも各方面から散々荒唐無稽と言われもしていた。師に対して失礼とも思ったが私もその一人だった……だがサイモン殿はそれを逆に否定し、実行に移す為の手段を示してくれた」
 カルロスの言葉にジーニアスは眼を見開いた。
「……父さんは、何を?」
「ネクロゴンド王国首都から北西位置する場所に、古くから魔峰と恐れられるオーブ山脈がある。そこは同盟成立以前の遥か昔から火山活動の活発な危険地帯で、南大陸中心に座すネクロゴンドを守護する最大最悪の自然要塞と言われていた。百年程前から活動は沈静化して休火山だったんだが……これを噴火させ、二人の勇者達が攻め入る場所から決起の導を熾そうとした」
「か、火山の噴火を利用しようとしたんですかっ!?」
 ジーニアスは素っ頓狂な声をあげる。
 その目論見が叶えば天を焼く炎柱と大地の鳴動は確然とした狼煙となって戦場に轟くだろう。しかしそんな大自然の摂理を歪め、人間の意のままに御するような所業が人間の手で成せる訳が無い、とジーニアスの驚愕は物語っていた。
 確かに人間に備わる魔法という力で世の法則を歪め、自然現象をある程度操作する事を可能とするとは言え、カルロスの語る事象は明らかに人間の力の範疇を逸脱している。魔法を実際に扱える者として、ジーニアスは信じられないと言う心境を顔一面に貼り付けていた。
「それが普通の反応だな。私も、他の皆もそうだった」
「で、では一体、どうやって父さんはそんな事を実行しようとしたんですか?」
「……君は『ガイアの剣』って知っているか? “世界の勇者”に認定されたサイモン殿の栄誉を祝し、サマンオサ皇帝より下賜された筈だが」
「『ガイアの剣』……」
 何故か確かめるような慎重さを韻に乗せたカルロスに、口元に手を当てたジーニアスは徐に反芻していた。
“ガイア”とは、今ではエジンベア地方を中心に栄えている大地神の名称であり、彼の宗教において最初に人間を造った神であるとされている。また人間に智慧という力を与え、後の世に災いを齎す種子を蒔いたという創造と破滅の両極端の側面を持つ神であった。その起源は海を越えたスー大陸にあると伝えられ、聖地である四方搭アープにてその大らかなる意志は静かなる眠りの中にあると云われる。
 そしてガイア神は自身の精神が悠久の眠りに付く際、自らの持つ力を幾つかの“器”に封じ、その肉体を百と十の星屑として普く地上に散華させて世に隠したという。今では世界中に散らばった小さな断片を集め、ガイア神を再臨させる事こそが彼の宗教に組みする者達の至上の命題であった。
 以前、母に教養の一環だと騙されて読まされた書よりその辺りの知識を備えていたジーニアスは、半信半疑のまま朧な記憶を紡いだ。
「それって、……父さんが大切にしていた宝剣の事ですか? 確か、父さんの執務室に飾られていた気が――」
「恐らくそれに間違いないだろう」
 嘗てそこに出入りした経験のあるカルロスの確信を得て、寧ろジーニアスは首を傾げた。
「それなら見た事も触った事もありますけど……単なる装飾剣じゃないんですか? アレ、確か刃も付いていませんでしたし」
 そして芸術品として素晴らしい価値を持っているのは、不用意に触れて両親から酷く怒られた経験から察する事ができたが、天災を引き起こす程の力を秘めていようとは、今一実感が沸かなかった。
 尚も疑念が晴れないジーニアスにカルロスは苦笑を浮かべた。
「サイモン殿によると、『ガイアの剣』は皇室の宝物庫に献上された時には既にその力を失っていたと言う事だ。故にサイモン殿は決戦に備え、剣の力を取り戻す事を考えられた。路を切り開く為の物であると同時に、対魔王への切り札でもあったのさ」
「!」
「何処で、何をする事が剣の力を甦らせる事なのか、その一切をサイモン殿は皆の前では口にしなかった。どこに魔物の耳があるかわからないからな。だがオルテガ殿、クエーサー殿、そして私だけは事前に聞かされていた」
 それはつまり、一切の不明とされた消息を絶つ前のサイモンの行動を知っているという事だ。母も、カンダタも。ノヴァやゼノスをはじめとする誰もが口にした事の無い新たな情報だった。
 逸る気持ちを抑えきれず、ジーニアスは思わず身を乗り出す。
「と、父さんは何処にっ!?」
「……決戦から一ヶ月程前。戦局推移の大体の流れを構築し、それを主要の将達に伝えた後。サイモン殿は『ガイアの剣』の力を戻す為、四方塔の一つ“大地の塔”アープに単身向った」
「アープの搭……」
 ガイア教における聖地。“剣”が実在するのならば、その神話の関連性からも信憑性は増すだろう。父が何故それを知っていたのかは、最早永久に知る術は無いのだが。
 ジーニアスはその名を深く胸に刻み込む。
「……だが、それが最後だった。その後、予め定めていた連絡手段は用いられる事は無く、消息が掴めなくなってしまった」
「! まさか……」
 顔を青褪めさせて愕然と眼を見開くジーニアス。そんな彼の姿をカルロスは痛ましく思いつつも、真っ直ぐに見上げた。
「勿論、決戦直前に搭へ人を遣ったさ。そして決戦には間に合わなかったが、戦いの後に戻ってきた彼らが発見したのは、何か大きな力が衝突して争った形跡だった。あの地方は辺境で魔物の活動は活発。塔にも凶暴な魔物が数多潜んでいると聞くが……真実は現在でも誰も掴んでいない」
「そんな……」
 消え入るような小さき嗚咽を零してジーニアスは地面に膝を着く。誰も知らなかった真実を手にし、こみ上げてきた息苦しさに思わず胸に手を当ててじっと耐えていた。
 崩れ落ちて総身を打ち震えわせるジーニアスの姿がいたたまれなくなって、カルロスはきつく両目を瞑る。父を亡くした子の姿とその嘆きを見ている事ができなかったからだ。
「個人的な心情を言わせてもらえば、あの方が魔物などに遅れを取る筈が無いと思う。より上位種の魔族に隙を狙われたのなら……わからないが」
 気休めだと理解していたが、カルロスナはそう言い足さずにはいられない。そして、そう口にするまでもなくそれは違わないカルロス自身の本心なのだろう。
 激しく波打つ思考と心を何とか鎮めようと苦心しながら、ジーニアスすらそう思った。
 顔を上げたジーニアスははたと気が付く。瞑目したカルロスの眉間に深く皺が刻まれ、握り締めた拳が打ち震え腕全体に行き場の無いやりきれなさが波及している事を。それに気が付いてジーニアスは自らの迂闊さを呪った。
 父の足跡を知り、その果てにこの結末に行き着くのは予め判っていた筈だった。涙こそ既に出なくなったが、内から溢れ出す悲しみも受け止めるだけの気構えはこの十年の内に建てた筈だった。にもかかわらずカルロスに甘え、自らの悲哀をそのままに吐露してカルロスに押し付けているではないか。ある意味自分より長く父と時間を共にしたカルロスの方にこそ、その秘めた悲しみは深いのだろうに。
 ジーニアスは内心で下唇を噛み、ギュッと拳を強く握る。
(……情けないにも、程があるっ)
 自らに対する憤りのまま右手で自分の額を殴りつける。加減などしなかったが不思議と痛みは無く、逆に思考が冷めていき心が驚くほど落ち着いた。その突然の行為に驚いた表情を浮かべるカルロスと、すっと立ち上がったジーニアスとの目線が合った。
「……カルロスさん。続きを、お願いします」
 揺ぎが失せ、決然とした気勢からくる硬質な声。碧空の鮮やかさの奥に烈々とした焔が燈ったを見て、そこに嘗ての師を幻視したカルロスは相貌を崩す。
「サイモン殿と合流できなかったオルテガ殿はアッサラームを発ち、単身ネクロゴンド火山に突入して対峙したのは、魔王六将の“天魔将”サタンパピーだったと後に聞いた。そして敵との激闘の末にオルテガ殿は天魔将を倒したらしいのだが、その戦闘が余程凄まじかったのか余波で火山が直後に噴火してしまった。アリアハンから派遣されていた監察方は、オルテガ殿は火山の噴火に巻き込まれて亡くなられたとの結論を出したな」
「ええ。公式発表ではそうでしたね」
 何とか動揺を胸の内で治めたジーニアスは、数年前に見聞した情報に神妙な面持ちで頷く。その時不意に、以前一度剣を交えた漆黒の少年の無表情な貌が瞼の裏に蘇った。
「火山の噴火を確認し、それをサイモン殿による合図と誤認したまま動いた我々が対峙したのは……魔王バラモス本人だ」
「なっ!?」
 その驚愕は吝かではないだろう。
 世界を貶めている諸悪の根源、魔王本人と直接対峙の経験がある人間が、世界的英雄と謳われた者をさしおいて他にいるというのだ。それもそれが自分の旧知である人間ならばその驚きは更なるものだっただろう。だが――。
「そ、それは……本物だったんですか? 魔王が前線に出てくるなんて、ちょっと信じられませんが」
「まあ当然そう疑問を持つだろうな。当時、誰一人として魔王の姿を見た者はいなかった。だが、敵の首魁が常に敵陣の最奥に構えている、というのは人間側の勝手な想定さ。目の前に降り立った存在が放つ圧倒的な存在感。その者こそ魔物を統べ、世界を混沌に陥れる諸悪の権化…即ち魔王だと戦場にいた者全員が理解を超えて確信させられた」
 カルロスの声は心なしか震えているようであったが、それも無理からぬ事だとジーニアスは思う。
 十年前の戦争の唯一の生存者であるカルロスとサブリナは、ある意味魔王と言う存在を証明する生きた証人なのだ。そのカルロスにしてみれば、十年前の事象の記憶を甦らせんとするのは当時の辛苦に加えて魔王という存在に感じた恐怖を鮮明に呼び起こす事と同義なのかもしれない。
 心身共に優れた騎士である彼とて、魂に直接焼き付いた恐怖は易々と乗り越えられるものでもなく、十年と言う時を隔てた今でも払拭しきれず意識に昏い影を落としているのだろう。
 カルロスを気遣うが如く白猫がその足元で身を摺り寄せている様が、ジーニアスの想像を確信付けていた。
「我々の本来の役目は陽動で、勇者達が魔王を討つまでの時間稼ぎ。サイモン殿は『ガイアの剣』の力を以って大地を操り、絶壁に聳える孤城を手に届く場所まで落とすつもりだった。だが目の前に現れた魔王本人の姿に、私達の策は看破されていたのだと判って動揺を隠せなかった」
 目の前の敵が魔王と覚った時点で混迷の極みだったがな、とカルロスは自嘲気味にそう呟く。
 ネクロゴンド城は元々高原地帯に座していたが、魔王降臨時の天変地異によりその地は断崖絶壁の頂上という人身未踏の不可侵領域に変貌していた。自分達がそこに到達する事が難しいのならば相手側に降りて来てもらうしか手段は残されていない。それに気付き、実行に移そうとしたサイモンは機転が利いていたと言うべきだろう。
 だがしかし、その状況を打開する策があったとしてもそれはあくまでも魔王本人が居城に構えている事を念頭に置いたものであるが故に、魔王自身が前線まで出張っていたのであれば何の効も奏さない。前提条件が破綻した以上、それに連なる一切が脆くも崩れ往くのは情け容赦無い現実というものだ。
 作戦の全容を構築したサイモンは最善を選んでいたのだとしても、結果が最良には到らなかった。ただそれだけの事だった。
 自分か、カルロスか。どちらかがゴクリと喉を鳴らす音が厭に大きく聞こえた。
「魔王に追従して現れたのは“獣魔将”ラゴンヌ率いる魔獣ビースト軍の精鋭部隊……だが結局それらが動く事は無かった。魔王は最初から一人で“曙光の軍勢わたしたち”と戦った。奴が一歩踏み出す度に地割れが走って騎馬兵達を呑み込み、腕を振るう度に大気が震撼して重装兵達を吹き飛ばされる……まるで悪夢を見ている気分だったよ。魔王と言う存在のただ一人で、圧倒的に数に勝っている私達が一方的に蹂躙されたのだから」
 形無き力が波動となって押し寄せる闘氣。目視できてしまうまでに漲る魔力。魔の王と呼ぶに相応しい禍々しき威容と強烈な存在感。それは歴戦の勇士達に本当に抗う事ができるのかという疑念を熾し、遂には戦意すら根こそぎ奪い去ってしまう圧倒的な力の顕現――。
 どれ程屈強な戦士を揃えようとも、戦意を失ってしまった者が戦場で生き残れる筈も無い。その力の一端を実際に目の当たりにしたカルロスは魔王バラモスをそう評する。心象から多少なりとも誇張があるのだろうが、どこか逼迫した相貌で語る姿に、ただ聞いているだけのジーニアスですらその様相を想起して震えが走った。
「終結は……一瞬だった。魔王は、展開した軍はおろかその背後に座していた都市そのものをも一気に滅却せんと強大な魔法を放ち、戦場だったテドン周辺を大地ごとこの世界から消滅させたのだ」
 今では草木一本も生えぬ荒野に大きな湖がただ孤独に広がっているという。
 大地ごと削り取る破壊力、大都市一帯を丸ごとに亘る効果範囲。どの要素を考えても常識では捉えきれない。一体どのような魔法を用いればそんな所業が成せるのか定かではないが、引き起こされたという惨状はジーニアスの想像を絶していた。
 伝聞に過ぎないものの、魔王と言う存在の不透明な大きさがジーニアスの脳裡で像を結ぼうとした時。そこではたとカルロスの言葉に違和感を覚えた。
「カルロスさん……こんな言い方は失礼ですが、何故貴方達は難を逃れたんですか?」
 話を聞く限りでは回避などしようが無い。一瞬の滅却ならば、撤退の暇さえ与えられなかった筈だ。そもそもカルロスとサブリナが唯一の生存者と言うのならば、それをたらしめているには確然たる理由がある筈だった。
 そう返されて当然のように説明していたカルロスは、既に用意してある答えを抑揚無く紡ぐ。
「そうだな……魔王の放った魔法が我々が構えていた本陣に到達する直前。私とサブリナは……ルベン殿によって救われた」
「十三賢人の……」
 ルベン=ディスレビ。母と同じ十三賢人に名を連ね、一つの頂点に君臨する首座“智導師”を冠する稀代の術者バウル=ディスレビの実弟だ。
「咄嗟の事だったんだろう。転移先さえ指定していないバシルーラで私とサブリナは見知らぬ氷雪の大地に飛ばされていた。意識を取り戻した後、急遽『キメラの翼』でテドンに引き返してみた時には……そこテドンがあった場所には広大な湖が出来ていた」
 最早想像は追いつかず、ジーニアスはただただ固唾を呑み込むばかりだ。
「そ、それではカルロスさん達が受けた呪いって」
「現れた敵が魔王だと知った直後から、ルベン殿とアトレイシア殿が二人掛りで何か特殊で大規模な術を発動させんと魔力を展開していた……魔王が放った魔法がテドンに届く瞬間。魔王と賢者達との魔力衝突によって様々な法則が歪んだ力場が形成されてしまったんだろう。それが空間に定着する前の不安定な状態の時に、私達はテドンから弾き出された」
 それは言うなれば、色の違う絵具を混ぜ合わせ、それぞれの色から一つの調和に到る前の混沌とした状態の中に突っ込んだという事だ。その為、その身は何色に染まったかは断定できない。
「屈折歪曲して安定しない理や法則が私達自身の身に染み込んだ結果、肉体が動物へ変異するようになった……それが専門家の見解だ」
 ジーニアスは知らないが、その判断を下したのは参謀のサイアスである。
「……魔力が基底に存在する現象なら、大元となる二人の賢者と魔王の魔力が遮断、あるいは消失すれば、お二人の呪い・・は消えるんじゃないですか?」
 事の原因に触れ、僅かな希望を見出してジーニアスは問う。だが当事者であるカルロスは口元に冷たい笑みを湛えたまま首を横に振った。
「だがその大元の片割れは、今も空の果てに君臨し続けている」
「それは……」
 自分の推測が正しいのであれば、その解決法もまた一つしかない。それはつまり、カルロス達を束縛している変異現象の基幹である魔力の根源…魔王を討つ事に他ならない。だがカルロスの言う通り魔王は今も健在のまま、誰一人としてその身体に刃を突き立てた事は無く。そして世界はその意思によって確実に蝕まれ崩壊へと進んでいる。
 澱み無く言い放った事からカルロスは恐らく誰よりも理解しているのだろう。自分達の身に降りかかった事態が、最早自分達の手で解決できる領域の問題では無い事を。
 だからこその姿勢であり諦観の顕れとも言えたが、そのまま悲嘆に暮れる事無く今をしっかりと受け止めて生を歩んでいる。そう意識を制御できるだけでもその精神力は敬服に値する事だった。
 しかしながら、それ故にやり切れない。原因子が解っているにも関わらず、手を出す事の出来ないもどかしさ。極めて現実的で冷酷な解を突きつけられ、それで納得に落ちてしまいそうになる歯痒さに。
 言葉を噤んでしまったジーニアスは、きつく締めた奥歯が鈍い音を発して擦れ合っているのを厭に鮮明に感じていた――。








 甲板に所狭しと並べられた樽や木箱と手にした目録を見比べ、そのチェックを終えたジーニアスは一息吐きながら木箱の一つに腰を下ろす。目頭を指で揉み解し、相変わらず青空にとっぷりと浮かんでいる白雲をぼんやりと見上げ物思いに耽った。
(テドン大公国、か……行ってみる価値はあるかな?)
 嘗て人類史上最大規模の軍“曙光の軍勢”と魔王軍の決戦が繰り広げられ、魔王という存在が実際に人類の前に立ち、その脅威を知らしめた場所。
 ジーニアスにとっても、テドンとはある意味“エレイン”に纏わる業のはじまりの地であると言っても過言ではない。そしてその因縁の地を訪ねてみたいと言う気持ちが燻るのは環に苦しめられた者ならば自然で、焔にならんとするのを止められないのはジーニアス自身の若さだけの所為でもなく、因果そのものが巡る為に因子を引き寄せんとする必然によるものだ。
(きっと、行きたい、って言えばみんな賛成してくれるだろうけど……駄目だ駄目だ。やっぱり一人で決めて良い事じゃない)
 眉を顰めてジーニアスは何度も首を横に振る。
 旅の指針を決める上での最終的な決定権を与えられてはいるものの、それに胡坐を掻き、己が内なるままに行過ぎた独断を敢行するつもりはない。仲間の意志はそれぞれが同じ方向を見据え統一されている事の重要性を、長年盗賊団“流星”の一員として行動していたジーニアスは体感的に理解していた。その為、先行しそうになる感情こころを諌めるのはパーティのリーダーとして、また群を知る個の一人として義務だとさえ考えていた。
(……今夜にでも相談してみるかな)
 件のテドンが消滅した原因が、魔王と賢者が紡ぐ極大の魔力衝突による法則決壊と推定されるならば、その爆心地には十年という月日が経った今でもその影響の残滓が漂っていると考えられる。そしてそれは危険である事を示し、己が我侭を徹す事で仲間をそれに曝すような状況を招くなどなどあってはならないのだと強く言い聞かせた。
 勿論、自分達の本来の目的地であるランシールの事を忘れた訳でもない。だが地理上、そこに到るまでの航路の途上にテドンは座している。その為、意識がどうしても新たに広がりつつある枝葉の方に向いてしまうのはジーニアスとしては止め難い正直な懐裡だった――。
「ジーニアス」
 巡り逸る思考は、突然に名前を呼ばれて留まる。
 背後から衣服が何か引かれるのを感じてジーニアスは振り向いてみると、船の反対側の縁で海を見ていた筈のイーファがいつの間にか自分の傍に立っていた。淡々とした無表情のままジーニアスを見上げ、その外套を引っ張っている。
 まるで気配を感じなかったと軽く驚きもしたが、きっとそれは自分が随分深く思考に落ち込んでいたのだろうと簡単に結論付け、相貌を崩したジーニアスは木箱から降りて膝を折ってはイーファに目線を合わせた。
「イーファ。船に乗ってみてどうだい?」
 朗らかにそう問うと、イーファは面を変えず三度ほど瞬きをする。初めて会話した時からこれまでに判った事だが、この少女は思考がとてもゆっくりで、己が感覚を素直に言葉に変換してくる。その為、言葉の文脈は単語をただ連ねただけのたどたどしいものだったが、だからこそ純粋な本心が発せられるので、会話をするジーニアスには微笑ましいものに感じられた。
「かぜ、つめたくてきもちいい。うみ、キラキラ……きれい」
「そう。喜んでもらえて良かったよ」
 今回もこれまで通りに無表情で端的な言の葉だったが、やはりジーニアスには好ましく映った。そして、それを綴った時のイーファの様子が喜んでいるように見えてその薄桃の頭を優しく撫でる。
 突然の事に目を見開いてイーファはジーニアスを見上げたが、嫌ではなかったのか拒絶する事無く受け容れて身を委ねる。心地良さそうに目を閉じる様は、何となく触れ合いを求める子犬を想起させた。
「……かんがえ、ごと?」
 不意にそう問いかけられ、子供にまで易々と看破されるまでに自分は判りやすいのか、とジーニアスは失笑せざるをえなかった。
 何と言ったら良いものかと、頬を掻きながらジーニアスは言葉を選ぶ。
「ん、まあ色々ね。これからの事を思うと、あまり僕達ものんびりもしていられないからね」
 事実、ジーニアス達はここ明日、明後日中にでもこのポルトガを去るつもりでいた。些か性急な出発ではあるが、これ以上この国に留まる事はできない。
 自分達の出自を気取られぬように偽装は幾つか施してはいたが、それはいつまでも欺き通せるものでもない。事物を偽るという事はどこかに必ず些細な矛盾を孕み、そこから解れてやがて破綻する。そんな沈没の兆しの全てを事前に把握しておくのは殆ど不可能に近いが、ある程度の予測は立てられる。そしてその一つが、カルロスだった。
 ジーニアス個人としては決して認めたくはない事柄であったが、カルロスがこの国においての目の上の瘤であるのは紛れも無い現実。実際、彼を尋ねるようなってからというもの遠巻きにこちらを観察するが確かに見え隠れしていたのだ。もっとも、それらは既に仲間のヴェインによって明らかにされていたが。
 いずれにせよ監視の目が向けられ、存在を意識されているのであれば長く留まる事は自分達だけでなく関わった人間…ここではカルロスやサブリナを始め、船の改修に携わってくれた人達。そしてもしかすると些細な切欠から知り合ったこの少女にも迷惑が掛かるかもしれない。それだけは避けるたいのが偽らざる彼らの心情であった。
 世界からの悪意の矛先を一身に集めてしまった“エレイン”の名。それは何処までも重く粘着質に絡み付く。
 あくまでも最悪を想定した上での行動指針だったが、今の今まで静穏にこのポルトガで過ごせた事が逆に不気味であった。それを逆手に取るならば、静穏な内に発つ事が叶えば全てが杞憂の内に終わる事。だからこそ新たなる旅立ちへの時を刻む針は既に動いていたのだ。
「この船が港に付いたらお別れしなきゃならないんだ。せっかくこうして仲良くなれたのに寂しい、けどね」
「!」
 ジーニアスが声調を低めてそう零すと、イーファは息を呑んで小さく目を見開いた。その刹那、表情こそ動かなかったが確かにその双眸は不安定に揺れていた。
「でもイーファとの約束、守れて良かったよ」
「…………おわか、れ」
 俯いてしまったイーファの頭を、ジーニアスは穏かな眼差しで見下ろしたまま無言で撫でていた。出会いがあるならば別れもまた必ず来る。そんな当たり前の事実を噛み締めながら。旅立ちを決めた際、泣きながら最後まで反対していた妹を宥める為に頭を撫でてやった時の事を思い返して。
 ただ静かに、ただゆっくりと。何時しか海は穏かな凪を迎え、静謐に漂うその波間に幾多の波紋を呑み込んでは、消える。港はもう直ぐ目の前に待ち構えていた。






 そんな二人を港から離れ、だが正確に周辺状況を見渡せる場所から眺望する眼があった。
 燦然と照る太陽に梳かされ金色と化している薄茶の髪を風に遊ばせている青年…シルヴァンスは港湾の端で孤高に聳える灯台の屋根より真摯に眼下を睥睨していた。
「……さて、あれは一体どういう状況かね」
 思案を深めるが如く眼を細め見つめていたシルヴァンスは、やがて諦めたのか深々と溜息を吐いて肩を竦めた。
 シルヴァンスは今の今まで合流時刻になっても現れる事の無いイーファの姿を探し、この王都中を駆け回っていた。彼にすれば気配を辿りさえすれば目的の少女の位置など直ぐに特定できたのだが、どういう訳かこの王都からそれを感じる事ができず。その事実に怪訝を抱きながらあちこちを奔走していた訳だが……今まさに船から港に降り立つ人影を捉えて納得がいった。
 どういう経緯かは知らないが、イーファが海上に出ていたのならばこちらの探査の手は届かないだろう。何せその領域は完全に意識から外していたからだ。しかし、以前船に興味を示していた様子を思い返せば決して可能性が無いと言う事も無い。頼み込んだにしろ、忍び込んだにしろ、あの少女の感情と行動は直結しているのだ。そう考えた時、自身の迂闊さに呆れが浮かんできた。
 急に疲労がこみ上げて来るのを感じ、更にイーファと共にいる人物を視認すると溜息は一層深くなる一方だ。
「確かにポルトガにいる間は好きに出歩いて良いとは言ったが、まさか既に標的ターゲットの一人に接触しているとはな……無欲さが、当たりを引き当てたって事なのかね」
 福引も賽の目も、カード、対戦予想……いずれも強く望めば望むほど期待した結果から遠ざかるものだ、と少々俗な事を考えて一人強く納得する。
 視線の先では、ジーニアスに手を引かれて船橋を下るイーファの姿がある。あの少女が人間・・に懐く姿はとても新鮮で、同時にシルヴァンスには信じ難い事だった。
「エレインの連中は“流星”の連中に匿われて行方を晦ませているって話だったが。その当事者の一人がこんな所で物見遊山とは……自分の立場を理解していないのか?」
 柔和そうな笑みを浮かべているジーニアスの顔を遠巻きに眺めながら、シルヴァンスは胡乱のまま小さく語散る。もしそうならば、彼にとっての故国サマンオサで血眼になって辺境を捜索している兵士連中が滑稽に思えてきた。今もあの連中は、エレインは国内に潜んで叛旗を掲げる機会を窺っているのだと信じて疑わないのだから。
 内心で彼らへの嘲りと若干の憐れみを贈り、シルヴァンスは頭を振った。
「……いや。そもそも何故エレインが入国しているにも関わらず、この国の連中は気付いていないんだ? まあ当然偽名は使っているだろうが、特徴ぐらいは伝わっているだろうよ」
 サイモンに叛逆者の烙印を押した際、帝国はその周囲の者達を追い詰める為に相当数の手配書がばら撒かれた。無論それは帝国領内に留まらず山を越え海を越え、このポルトガにも届いて然るべき筈だった。
 その辺りの諸事象が既にサイアスによって秘密裏に処理されていた事をシルヴァンスは知らない。そして、現時点でもポルトガに属する誰もが与り知らぬ事だっただろう。そんな裏事情があったからこそ、ジーニアス達はポルトガで静穏な滞在を送る事ができていたのだ。
 しかし、それもこの時点を以って崩れ去る事になる。破綻の兆しを当人達は未だ知る由も無い事だろう。
 これからの事を想起して、シルヴァンスは肩を大きく揺らしながら酷薄に口の端を持ち上げる。そこにあったのは邪の歪んだ愉悦だった。
「まあどうであれ好都合か。退屈な滞在だったが、最後に面白そうなものが見れそうだ。せいぜい足掻いてくれよ、ジーニアス=エレイン」




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