――――第五章
      第三話 砂漠の薔薇







「おかえりなさい、アズサ」
「ユラ、ただいま!」
 城の入り口に佇んだユラの元へアズサは小走りに掛け寄り、笑みを浮かべながら短く言葉を交わす。たった一言だけの短い応酬であるのだが、それだけで各々が担ってきた役割に対しての最大の労いが込められている事を、二人は暗黙で理解していた。それ程までに高められた信頼が二人の間には存在していた。
 ともあれ、今の母国イシスの情勢を思うと素直にそれだけでは言葉足らず感を払拭出来ないアズサは、少し表情と声色を暗くして、それでいて誠実に言った。
「……おぬし一人に長く留守を任せたままで、すまぬ」
 深々と腰を折って謝るアズサに、ユラはたおやかな笑みを決して崩さなかった。
「いいのよ。それよりも……はい。この重み・・・・、一人で預かるには少々骨が折れたわ」
 悪戯っぽい笑みと共に、重そうな仕草でユラは一振りの剣をアズサに手渡す。それは美術品のように非常に細緻な装飾が施された鞘に収められていた。
「うう、すまん……」
 それを普段の人当たりの良いものとは一線を画した真摯な表情で受け取ったアズサは、決然とした意志を双眸に載せて、長く押し込められていた刀身を鞘からスラリと解き放つ。速やかな抜剣は何処までも清澄な玲瓏と風を齎し、神聖な気配が城内を翔けたかのような錯覚さえ周囲に広げる。その厳かな聖気を放つ銀の刀身は微かな光さえ集め、城内の暗がりの中で燦然と姿を現した。
 その聖銀の剣こそ聖王国イシスに往古より伝わる、砂漠の双姫“剣姫”が担いし聖双導器“不死絶殺”。またの名は世界に流布する数多の伝承、伝説の中に登場している星辰六芒剣の一振り“聖剣・滅邪の剣ゾンビキラー”。余談ではあるが嘗てアリアハンの勇者、オルテガ=ブラムバルドが振るっていたという“聖剣・奇蹟の剣”。サマンオサの勇者サイモンの長子、ジーニアス=エレインが担う“魔剣・烈炎ほのおの剣”。そして盗賊団“流星”副首領、“紫狼”ゼノス=アークハイムの“魔剣・雷神の剣”もその至高の六本の中に数えられている。
「やっぱりこの剣が一番手に馴染むのぅ」
 柄の握りとその重みを確かめつつ小さく剣を振るアズサの姿を、懐かしむように見つめていたユラは微笑んだ。
「ふふ、やっぱりあなたにはその剣が一番似合っているわね。……変わらずに元気そうで、安心したわ」
「ユラ……おぬしも変わっておらんな」
「当たり前でしょ。たかが二、三ヶ月…そんな短期間で変われる程、私は薄っぺらい人生観を培ってきたつもりはないわよ。そんな劇的な出会いも無かったし、実際それどころじゃないでしょう?」
 ユラは小さく肩を竦める。その際に両腕を組み指先で胸元に垂れている髪先を弄ぶ癖は、数ヶ月という時間を置いても何ら変わりない。それを見てアズサは満足げに、呆れたように笑った。
「……ほんと変わらんな。私も安心した」





 双姫が再会を懐かしみ親交を温めている中。殆ど拉致同然で連れてこられた者達は状況について行けず、ただ呆然と立ち尽くすのみ。その最たる理由が一同の前に現れたユラという人物と、彼女の放った一言だった。
「“剣姫”って……アズサが? それにあの方は……」
 誰に問うでもなしにソニアが動揺を隠す事無く言う。それもその筈。ここに至るまでの道中、砂上船の船員であるマグダリアの商人達から“砂漠の双姫”についての様々な寓話逸話やら噂話やらを聞かされていたからだ。それ故に何時の間にかソニアの中で双姫という存在の輪郭が膨張し、全容さえ窺い知れないとても高貴な存在に昇華されて認識してしまったとしても、仕方の無い事だろう。
 固唾を呑んで目を大きく見開いているソニアを見下ろしながら、ヒイロは苦笑を零した。
「そう…アズサは砂漠の双姫“剣姫ネイト”。そして隣の彼女がユラ=シャルディンス……砂漠の双姫“魔姫セルキス”さ」
「あの方が……」
 呆気に取られて遠巻きにソニアは柔らかな笑みを浮かべているユラを見つめていた。アズサと楽しげなやり取りを見るとごく普通の、自分と同年代の女性そのものだったからだ。
 ソニアに倣うように、ヒイロは帽子を脱ぎ、礼節と幾ばくかの敬意が込められた琥珀の視線で二人の女性を見据える。
「“砂漠の双姫”…それは代々聖王国イシス王を守護する陽なる杖と剣。聖双導器“不死昇天”を翳す“魔姫”と、“不死絶殺”を振るう“剣姫”。イシスの歴史を紐解くと判るけど、双姫は特殊な事例が無い限り・・・・・・・・・・王位継承と同時期に代変わりするんだ。それは新たに即位した王が新生双姫を従える事によって、民に次の王位の存在を誇示するという意味合いもある。つまりこの国の古より続く慣習では双姫を従わせる事が王の権威の象徴であり、王を王たらしめる、王としての存在確立に繋がるんだ。……そして今代の双姫があの二人、という訳さ」
 人の足跡という意味では同義である古代遺跡の知識に精通する為か、持てる歴史の深い造詣を饒舌に披露するヒイロ。その何処か達観した声を、話題の中心である当の本人達以外は聞き入っていた。
「随分と詳しいな。その口振りだと……ヒイロ、お前はアズサの正体を知っていたのか?」
 やけに得心がいった様な言い回しをするヒイロの言葉を耳聡く聞き止めて、ミコトがヒイロに尋ねる。無意識なのだろうか、自然と詰問口調になってしまっているそれに、ヒイロは実に暢達に答えた。
「まあね。以前“流星”の連中と会った時にゼノスから色々話は聞いていたし、彼女は彼女で立場を隠そうと振舞っている様子だったから、黙っていたんだ」
「……」
 口を固く閉ざし、表情を硬くしてミコトはヒイロの言葉を聞いていた。
 何処となくミコトが憮然として不満そうな気風を纏っているのは、恐らく今までアズサが自分の出自や事情を黙して、話してくれなかった事に起因するだろう。どのような事情を抱えているにせよ、少なくとも今の信頼関係で結ばれた仲間であるならば、例え些細な事であっても話してくれても良かったではないか。
 そう思うと無性に憤りと微かな悲哀がこみ上げて来る。それを抑えきれず情動のままに口を開きかけた時。ふと閃光のような疼きが脳裏に自分の事情を思い浮かばせ、否応なしに自覚、吟味させられて思い留まる事ができた。
 その理由は至極単純、気付いたからだ。自分はアズサに対して何一つ文句を言える資格など無い事を。その思いの根底が、余りに自分勝手で独り善がりなものであった事を改めて認識したのだ。
 嘗てシャンパーニの塔で、ヒイロに諭された事を思い返す。その遠い残鐘は、光陰の矢となって胸中に突き刺さった。
(何も変わってない……これじゃあ、私は何の成長もしてないじゃないか!)
 出会う以前より散々ユリウスに向けてきた為に、今も消えぬ蟠りの禍根となったそれを、今度はアズサにまでも向ける気なのか。そう思うと胸が苦しくなる。
 ただ前を向いて進もうと、見識を広める為に両手を広げようと旅立ちのあの時に自らに決めて歩んできた筈だった。だがふと足を止めて足元を見てみると少しも進んではおらず、ただその場で足踏みをしていたに過ぎない。それが不意に解ってしまい、自分がとてもちっぽけな人間であると自覚した。それは余りにも悔しく、とても悲しい事だった。羞恥の余り、自噴のあまりズキリと傷みを発した心中で、ままならない己の不甲斐無さに叫び声をあげなければ平静を保てないまでに心身が張り裂けそうだった。
 そんな思いの表れなのか、自戒にパチンと小気味良い音を立ててミコトは自分の両頬を打った。それなりに力が篭っていた為なのか、両頬は薄っすらと赤み掛かり神経がジンジンと痺れる感覚と共に熱を持つ。この行動は自分の甘い部分を絞り出す為の儀式だ。疼くような傷みを苛めるのは自らの弱さを鍛える為の工程だ。
 自分の欠点は、自分の理想を他人に求めすぎている事にある。それは戒めるべき余りに身勝手で人間的な、残虐な暴力。
 ミコトの突然の行動に、ソニアは何事かと驚いて尋ねてくるも、ミコトはただ小さく首を横に振るだけ。
(取り敢えず、アズサが事情を話しに来た時は、ただ黙って聞いて……頷こう)
 自分でそれに気が付けたのならば、まだまだ改善の余地はある。改変の一歩を踏み出す事ができる。そう意志を固める事でミコトは自らを鎮め、自らに定める。そして視線の先で楽しげに話しこんでいるアズサの横顔を見つめた。

 アズサの目的が何だったのであれ、その事をとやかく言うつもりも、皆の前で暴く意志もヒイロには毛頭無かった。行動の理由は人それぞれであるし、出自に関して言うならば自分は本当の意味で不詳…いや、過去の記憶が欠落した自分という存在そのものが正体不明なのだから。
 それ故か、確固たるものが無い為につくづく自分は他人に対して中庸なのだと思い知り、ヒイロは自嘲する。
 隣では、裡の感情が面に出やすいミコトが何らかの葛藤の末に到達した結論に、割り切った晴れやかな表情で前を見つめている。ヒイロはその事に気がついて、羨ましそうに小さく口元で笑みを描いた。
「まぁ、理由も何となく予想できたからね。何せ初めて会った時が非常にあからさまだっただろ。察するにユリウスを…いや、“アリアハンの勇者”をイシス本国に招く為にロマリアに来ていたんだろう。他国の“勇者”を招く為には、イシスとしても相応の身の上の者を派遣するのは礼儀に則る事だから。……そう考えるのなら、双姫のどちらかこそがイシスの使者として最も相応しいと言える」
「……ああ、道理だな」
 中断された会話の流れを修復するヒイロの言を、両腕を組んで聞いていたミコトは感慨深げに頷いていた。
「……とまあ建前はそうで、実は以前にイシスに来た事があって知っていただけなんだけどね」
「お前、意外と人をおちょくるのが好きみたいなんだな。……少し見損なった」
「ははは……、これは手厳しい事で」
 ヒイロの洞察眼に感心していただけに、後に続いたそれまでを台無しにするような発言にミコトは胡乱に塗れた冷たい視線を送らずにはいられない。
 非難染みた眼で見上げてくるミコトに対して、ヒイロは曖昧に渇いた笑みを浮かべ、弱弱しく頬を掻くほか無かった。





 同行者達がそれぞれに思いを錯綜させている中。ユラとの再会を満喫したアズサは、改めてユリウスに面向かっていた。弁解…というより半ば放置気味になってしまった仲間達に説明をする為だろう。どこかバツが悪そうに表情を曇らせ、視線を所在無く彷徨わせながら髪を掻き回す様は、彼女自身口を閉ざし続けて任務を遂行した事に対して後ろ髪を引かれる思いを抱いている事の証明。紡ぐべき言葉が中々に手繰り寄せれないもどかしさが、全面に現れていた。
 対するユリウスは視界の正面にアズサを置いているも、その姿を先に見える景色の一端としか捉えておらず、意識を虚空に広げてどのような些細な変化にも応対できるように注意を自らに喚起していた。
 重苦しく感じてしまう沈黙が、周囲に流れた。
「……とまあそういう訳じゃ、ユリウス」
 その静寂の場に耐えられなくなったのか、アズサは苦し紛れに言う。未だ何と言うべきか固まっていなかった為か、アズサの言葉は主語やら色々意味のある言葉に必要不可欠な部品が欠けた、お粗末なものになってしまった。
 だがそれでも状況に変化はあった。広域に向けての警戒を放っていたユリウスが、あからさまに不審げな視線をアズサに送っていたのだ。しかもその双眸には、何がそういう訳なのか、と問うているような鋭い光を漲らせて。
「?」
 ユリウスとしては、余計な情思を孕んだが故に無駄に遠まわしになってしまう詳細よりは、省略されても物事の要点を端的に押さえた説明を受ける方が好ましくあるのだが、開口一番に放たれた突飛過ぎたアズサの言はそれさえも容赦無く一蹴するまでに端折り過ぎていた。……それを唐突に耳にしては、言葉無く訝しむのも無理からぬ事だろう。
 だがユリウスの場合はそれだけでなく、何よりもアズサの言の内容と背景への興味が著しく欠如し、沸く事さえなかったのである。その意志に従ってユリウスは無言に徹し、無感情無感動の双眸で表情を曇らせているアズサを捉え、一瞬後に視線から外し再び周囲に彷徨わせる事にした。
 そんなユリウスの行動が返ってアズサを冷静にさせた。他者の存在を蔑ろにし、虚空の散策の方に興じているように傍から見えるユリウスに、アズサその存在を主張するようにコホンと大きく咳払いした。そして先程までの動揺を消し、相手に対して包み隠さず自分の誠意を見せる為に正された真摯な双眸でユリウスを見つめた。
 それが功を奏したのか定かではないが、酷く億劫そうにユリウスがアズサを捉えていた。
「私は、“アリアハンの勇者”をこのイシスに招くように陛下の命を受け、おぬし達に接触した。その結果、おぬし達を欺きながらここまで事を運ぶに至った訳じゃが……これまで黙っていて、すまなかった」
 少なからず彼らとの信頼関係が築けたと思っていただけに、欺くような事を貫いた事がアズサには心苦しかったのだ。
 深々と腰を折り頭を下げるアズサに、ユリウスは訝しげに眉を寄せる。その様は純粋に、彼女の行動の真意が理解できないといったようであった。
「何に対して謝罪しているのか理解できないな。お前はお前の事情と意思の下にその任務を全うした、ただそれだけの事だろう。俺は俺の意思で今ここにいる。周囲の連中おまえらが何を画策していようが、俺には関係の無い事だ」
 言葉と視線は拒絶を示すとても冷徹なものであったが、それでもアズサは気を害した様子も無く、逆に嬉しそうに相貌を崩した。
「ふっ、おぬしらしい物言いじゃな…………ありがとう」
 緩やかに目を細め微笑んでくるアズサを見て、ユリウスはただひたすら深まる懐疑に顔を顰めさせていた。

 それから、これまで道中を共にした仲間達にもアズサは同様に頭を下げていた。そして対する仲間達の反応は、ユリウスの冷然としたものと違いとても温かみと理解ある言葉だった。
 心底ホッとしているアズサの表情と、そんな彼女を取り巻く朗らかなユリウス以外の面々。一同のやり取りを微笑ましく、そして何処か寂寥と羨望の入り混じった眼差しで見つめていたユラは優雅に彼らに歩み寄る。
「では改めまして……皆さん、はじめまして。私は聖王国イシス王室親衛隊隊長の任を預かる、ユラ=シャルディンスと申します。この度は我等が姉妹、“剣姫”アズサ=レティーナが大変お世話になりました。親衛隊を……イシスを代表してお礼を申し上げさせて頂きます」
 アズサとのやりとりからは随分とおっとりとした印象を受けたが、こうして改めて対するとその一挙一動が凛とした、淑女然とした品のある動きだった。
 そんなユラに、同行者達の輪から少し外れた場所に両腕を組んで佇んでいたユリウスが、冷ややかな視線を向けた。
「こちらこそ。手荒な歓迎、感謝に痛み入る思いだ」
「おい、ユリウス……」
 ユリウスの遠慮ない皮肉に、ミコトは声を引き攣らせた。
 今こうして気兼ねない対応をとらせてもらっているが、本来ユラやアズサはラー教信仰圏内において一冒険者などがおいそれと会う事も言葉を交わす事も叶わない、雲の上の住人だ。そして敬虔なラー教徒がこの場にいたのであれば、間違いなくユリウスは糾弾の的になっている事だろう。それだけ“砂漠の双姫”の名前は貴いものなのだ。
 当のユリウスはそんな世情など察する筈も無く、寧ろ世間の風体を嘲笑う如く大仰に肩を竦めている。
「白々しい口上は止めてくれ。そんな事よりも、ここまで有無を言わせず連行して来たのだから、相応に急を要する用件があるのだろう? 時間が惜しいのはこちらも同じ、故に早急に述べてくれないか。……まあ、この国は今戦時下にある事を鑑みれば、何をさせたいのかは自ずと見えてはくるがな」
 小さく零された溜息と共に冷淡に告げるユリウスに、パチリと眼を瞬かせたユラは気分を害するでも無く、クスリと可笑しそうに笑みを浮かべた。
 どうにも最近、慇懃で怜悧な年下の少年に縁が有る気がしてならなかった。そしてそれ以上に、彼女にとって親しい人物の面影がユリウスに重なったのだ。……無論それは容姿が似ているという訳ではなく、その在り様が、であるが。
「……アズサ。勇者殿って想像していた以上にクールね。何だかティルトと話しているみたい」
「…………ユラ」
 求めてくる同意に対し否定も肯定も出来なかったアズサは、ユラの暢達な様子に呆れ果ててその名を呟くだけ。
 クスリと一つ笑みを落とすと、再びユラは表情を引き締めて冒険者達に向かった。
「詳しい事は謁見の儀の時に、陛下よりお言葉があるでしょう。とりあえず皆さんには湯を用意しましたので、一度身なりを整えて頂きたく思います。皆さんも長旅で疲れているでしょうから、小休憩の後に我らが女王陛下との謁見の儀に参列して頂きたいのですが、宜しいですか?」
「わかりました。お気遣い、ありがとうございます」
 ここはソニアが代表して礼を述べた。ユリウスはあからさまな態度で既に我関せずで城内に当ても無く視線を彷徨わせていたし、ミコトもヒイロも、“アリアハン王国”の勇者一行として招かれたのだから、出自がアリアハンの者が応えるのが筋だろうと発言を控えていたからだ。
 ユラの説明を聞くソニアの様子を横目で捉え、ユリウスはこれから下されるであろう厄介事を想起し、自己完結させてか気だるげに溜息を吐いていた。








――昼下がり。太陽が天頂に至る頃。
 砂漠の王国であるイシスの気温が最も高い位置を刻む時間帯である。といっても灼熱の大砂海と違い、ここ聖都はオアシスの辺に形成している為に空気に潤いが満たされていて過ごしやすい気候であった。
 だが如何に気候が穏やかであろうとも、それをどう感じるかはその人間の意識次第。空より吹き入って来る風には砂塵が孕み、それは薄っすらと石床の表面に層を成しては、風によって流される。
 そんな砂と風の戯れの只中に立っていたユラは、何時の間にか額に浮かんでいた汗を衣服の裾で拭いとると、疲労が幽かに滲んでいる双眸で前を見据え歩みを再開する。予定通り“アリアハンの勇者”を迎え入れた事、その経過を執政官に報告する為にユラは今、人気の余り無い回廊を歩んでいた。
 床を蹴る革靴の音が回廊で異様なまでに大きく反響している。この回廊の規模に比べて通る人間が極端に少ないからだろう。だがそれは、ここが常に人通りの少ない場所という訳ではなく、今は戦時下でその対応で数多くの兵士達が出払っているからに過ぎなかった。そんな事情もあってか、回廊に響く靴音につられて寂寥の思いが一段と大きくなっているとユラは感じていた。ちなみに同僚であるアズサはここにはおらず、長旅の疲れを癒す為に今は束の間の休息中だった。どの道、あと数時間すれば、迎える側として謁見の儀に参列しなければならないので、どうせならこれまで溜まっていた雑務は全部こちらが負う事にしたのだ。
 堆積しつつあった胸中の靄を小さく嘆息して吐き出し、ユラは気を引き締めた。
 本当の意味で忙しくなるのはこれからである。大きすぎる外的要因を取り入れた事で、時局が動く事はまず疑いようが無かった。それを想起してか昂ぶる気勢に、自然と回廊を歩むユラの速度も上昇する。
 意識が逸り、回廊を足早に通り抜ける中。人通りに乏しい回廊で自分の先を歩くティルトの後姿を見つけた。それにユラは、はしたないと思いながらも小走りに駆け寄り、他の一般兵達が聞く事などありえないであろう感情を孕んだ声で呼び付けた。
「……ティルト。待ちなさい、ティルト!」
 滅多に見る事も聞く事も無い“魔姫”の声と姿に、丁度その近辺で仕事をしていた給仕の女性達は何事かと目を見開いている。
 ユラの声色に穏やかならぬ感情が浮かんでいたのを感じ取って、ティルトは歩を止める。そして物陰からヒソヒソと伝わってくる音を鬱陶しそうにしながら、振り向いた。
 当のユラは周囲の詮索の眼差しなど気にも留めずに、ただ目を細めてティルトを見つめている。それにティルトは疲れたように嘆息して、言った。
「……何でしょうか姉上?」
「姉上ではありません! 城内では――」
「申し訳ありません。ただいまの非礼、お許し下さい“魔姫”様」
 諌め声を張り上げるユラを遮って、ティルトは先制してイシス式の敬礼をした後、恭しく頭を垂れて床に膝を着いた。
 そんな妹の姿を見て、眉間に指先を当てながらユラは大きく諦念の溜息を吐く。これ以上何を言ったところでティルトが頑として対応を変えない事を姉として良く理解していたからだ。
「……まぁいいでしょう。そんな事よりも、ティルト。戻っていたのなら、まず何か私に報告する事は無い?」
「何の事なのか……、詰問の意図が不透明過ぎて私には答えようがありません」
 跪いたまま顔を上げようともせず、ティルトはただ瞑目する。そんな反応の無いティルトに、ユラは眉を顰めて眼光を強く見下ろした。
「はぐらかさないで頂戴。あなた達の任務は外郭楽園内の巡回です。アズサより、あなた達…“守護翼獣”は外郭楽園の外側から来たとの報告を受けています。一体どのような理由があっての命令無視か、釈明があるのならば答えなさい」
「私はただ、上役から与えられた任務を全うしたにすぎません」
 裡の感情が高鳴っているのか、口早に綴るユラに対して、ティルトは極めて抑揚無く淡々と返す。それがユラの逆鱗に触れた。
「その任務の基を決定しているのはこちらよ。どちらの指示を優先させるのか、考えなくても判るわね?」
 極めて穏やかな口調だった。だがそれは、裡で激しく波打っている激情を強固な意思で押し隠している故の反動として、表に出る声が柔らかくなっているに過ぎない。そしてそれは姉が並みならぬ苛立ちを感じている事を意味している。微かに頬が引き攣っているのを恐らく本人はそう自覚していないだろうが、妹の自分には判った。
 ここでティルトは内心で小さく溜息を吐き、姉の感情を受け流す空虚な相貌を上げる。
「…………“魔姫”様がそう認識なさっているのであれば、一度指令系統の再編を具申致します。現実に貴女からの指令は、末端の我々には届かなかった」
「ティルト……そんな子供染みた言い分が通ると思っていないでしょうね?」
 いよいよ周囲に漂っていた空気が数段冷たくなったような感覚がした。だがそれでもティルトは動揺の兆しすら見せない。
「当然です。ですが、それが事実である以上、私にはそれ以外の返答は持ち得ません。……これ以上、取り急ぎの用件が無いのであれば、ここで失礼させていただきます。私はこれより、王墓守衛隊隊長殿に定時報告がありますので」
「私が聞き伝えておきます。話しなさい」
「これは異な事を……王室親衛隊隊長殿が王墓守衛隊に関与すると言うのですか? それは明らかな越権行為というものでしょう」
「何ですって!?」
 色めき立つユラに、ティルトは極めて冷静な眼差しで被せ言った。
「それとも“詔勅”を発令しますか? 双姫に与えられた超法規的権限である“詔勅”がイシス全軍を平伏させる力を有するとはいえ、あまり頻繁にそれを用いるのは賛同しかねます。如何に古よりの慣習を従える事ができても、人の心まで縛り付ける事はできない。外来の参謀顧問殿を重用する余り、役に立たないとはいえ貴族院、神殿府の方々を頻繁におざなりにしていると彼らの反発意志を招く事が考えられます」
「ティルト、あなた……」
「兵は迅速を貴ぶもの。そして兵が駆けるべき戦局は絶えず変化しています。上から見下ろすのと、下から見上げるのでは見えて来る事象も異なります。一つの視点から全てを見渡す事などできないのです」
 余りにも無感情に理路整然と連ねられる言葉は不本意極まりないが、否定もできない。その事はユラ自身が一番良くわかっている事だった。軍の、いやイシスという機構の上と下との連結に今ひとつ不安があるのは薄々感付いていた事だ。それ故にティルトの言は容赦無く燻っていた胸中を穿ち、傷みに心臓が早鳴っている為か酷い息苦しさを感じた。
 冷静な思考が掻き乱されているユラの動揺を、言葉は無くとも表情の動きだけでティルトは察する。だが特に何をするでも無しにティルトは姉を冷やかに見止めるだけ。
「誤解なきように言っておきますが、私は貴女の采配を非難している訳ではありません。ただこのような戦時下である以上、人の心は不安定で常に疑心暗鬼の影が付きまといます。影に囚われた者は追従の仮面を被り、その下で謀反の牙を研いでいる……現場の人間の一人として、内外に対して警戒意識を強める事を上奏致します」
 言いたい事を言い切るとティルトは深深と会釈し、踵を返す。唖然としたままのユラを見る事無く颯爽と去る様は、まるで背中に掛けられるであろう声を拒絶しているようでさえあった。
「待ちなさい……、ティルトっ!!」
 裡で暴れまわる感情の波を何とか抑え付け、顔を歪めて叫ぶユラの声を耳にしても、ティルトが立ち止まる事は無かった。








―――ユリウス達がイシス王城に到着してから数刻が過ぎた。
 宮殿内にある浴場にて砂や汗を浴み、それぞれが小休憩を挟んで心身ともに切り替えが出来た後。空が黄昏に染まる頃に、謁見の儀が執り行われた。
 この聖王国イシスにおける謁見の儀は、古の慣習に則り太陽が沈み始めたこの時間に行われる事になっている。古の慣習がどんな事情によって形成されたのか今は知る術は無いが、黄昏時の眩いばかりの輝かしさが王の威光となって拝謁者達に降り注ぐであろう事は容易に想像できた。
 天井付近に採光用に設けられた窓から、黄昏の光が薄暗い回廊を鮮やかに彩っていた。それは視界全てを支配する黄金の輝き。ラー教徒に言わせるのであれば、これが太陽神に拝謁する為の巡礼“太陽の参道”の最終に到達すると言う“黄金の天路”。宗教者でなくとも、眩い回廊を歩いているとそう覚えずにはいられないだろう。
 一体何段上ったのか錯覚する中。謁見の間へと続く扉が、両脇に佇んでいた親衛隊員の二人の兵士に空けられると、今まで視界の中を独占していた黄金が、一気に白転する。それは真っ暗な屋内から燦然と輝く太陽の下に出た時の感覚に酷似していた。
 謁見の間は非常に広大な空間だった。
 王城の二階層であるにも関わらず、天井は見上げるほどの高さであり、間取りはこの階層全てを占有しているのではないかと思えるほどに広い。壁際にある花壇には色取り取りの薔薇が咲き誇っており、濃厚で甘美な香りを謁見の間全体に放っている。また、大理石の床は鏡のように磨き抜かれ、その上を扉から一直線に深紅の絨毯が伸びていた。その入念に手入れが施され美しさの保たれた毛並みは、上を歩く事に躊躇いを抱かせる程に高価な物である事が誰の眼にも一目瞭然だ。そんな深紅の路が導く先は一段と高く壇になっており、正方の壇上だけを覆うように薄い絹の紗幕が下ろされていた。
 天井付近の窓から降りて繰る陽射しによって絹幕は透かされ、人影がぼんやりとそこに映っている。そして壇上の両脇に毅然と佇む双姫の姿がある事から、その先には王座が在り、この国の指導者である女王が座しているのだろう。
 絶えず謁見の間を照らす金色の光が、威圧的にその場に立つ者達に圧し掛かっていた。

 謁見の間に入り、直立不動で整列する女性兵士達の視線が飛び交う中。拝謁者が立つべき所定の場所まで歩むとユリウス達は直ぐに床に跪いた。許可があるまで頭を上げてはならないのが、謁見の儀における暗黙の礼儀であり、白転した視界に慣れる為に目を細めるしかないユリウス達にとって、視界の回復に宛がえる安堵の時間であった。
(つくづく、面倒だな)
 内心で一人語散るユリウス。俯いている為に誰にも知られる事は無いが、その表情は億劫の余り険しく顰められていた。
「陛下がお会いになられます。面を上げなさい」
 ユラの凛とした声がピシリと広大な空間に伝わった。その声色、そして雰囲気はまさに女王の懐刀“砂漠の双姫”の片翼たる“魔姫”としての位に立つに相応しいものだった。
「私は、この聖王国イシスを統べる第三十五代ファラオ、ネフェルテウス。遠路遥々、よくぞ我が国に参られました“アリアハンの勇者”、そしてその一行」
 声につられて面を上げた一行は、何時の間に遮幕が開け放たれていたのか、王座に深々と腰を下ろす女王の姿を捉える事になる。そして間も無く耳に届いた淑やかに澄んだ声は、森の奥地の湖で鳴く鳥の囀りを髣髴させた。どこまでも静かに、しっとりと染み渡る涼やかなそれは誰しもの聴覚を独占して止まない事だろう。
 薄いとはいえ直接の陽射しを遮っている場所にいる為か、声を発した女王の姿は少し暗掛かっていた。だがそんな些細な事など気にならないまでに、その姿は人が持ちうる美の極致、その珠玉の結晶だった。
 白絹のドレスに身を包んだ肢体は砂漠の民らしからぬ肉感的な白さで、質の違う白同士は清潔な色香を周囲に広げ、肩の辺りで綺麗に切り揃えられた漆黒の髪は、空気さえも梳き零してしまうかのように滑らかな濡洸の輝きを燈している。顔の線は細く、そこに収められた双眸や鼻といった部位はそれぞれが決して角が立たないように高い水準で均整の取れた、非常に美しい面貌を形成していた。清楚で、且つ妖艶な…ある意味交わる事の無い両極さえ同居させてしまう、陳腐な言葉では言い表せない造形美だった。
 公式記録では、齢十六になる娘を持つ一児の母という事なのだが、その容姿は決して年齢を感じさせない若さと、気品ある魅力に溢れている。煌びやかな装飾品を殆ど身に着けておらず、その事が返って彼女本来の持つ淑やかさ、麗しさを強調しているのだろう。
 予め城内や商人達から幾度も聞かされていた美辞麗句。それら大袈裟に誇張された言い回しさえも納得する以外術は無い程の美貌を女王は有していた。それは性別をも越えて人の目を集める。現実に謁見の間で跪いている者達もその優美な姿に視線を、意識を奪われていた。
 ……が、それはまっとうな情緒を持っている人間の話。極めて常識的な情操など風化して既に久しいユリウスにとっては、女王の持つ外見の優美さなど取るに足らないどうでも良い事に過ぎなかった。だがそれでも食入るように注視していた理由はただ一つ。女王の周囲に何かしらの違和感を感じ取る事ができたからだ。それが何なのかはっきりはしなかったが、決して無視できない何かが女王の周囲を覆っていたのだ。
 無論その疑念を面に表す事は無く、女王を見据えたままユリウスは謁見用の仮面を貼り付ける。
「アリアハン王国より参りました、ユリウス=ブラムバルドと申します。この度は御身に拝謁できる身に余る栄誉を賜り、恐悦至極に存じます」
 淡々と告げるユリウスの礼節に則った口調に、普段が普段だけにやはり耳慣れない違和感にソニアやミコトは眉を寄せ、ヒイロは苦笑が面に出ないようにする事に苦心していた。
 逆に謁見の際のユリウスを初めて見るであろうアズサは、壇上で失礼にも隠す事無く目を丸くし、先程ユリウスに言われた言葉をそのままに返してやりたいと密かに思ったのは、真逆に立っていたユラである。
 様々に生まれ出でた情思の波紋が広まる中。深い翠の双眸で対面するユリウスを見つめていた女王が淑やかな声で言った。
「本来ならば、音に聞く“アリアハンの勇者”との会見が叶うこの場。後学の為にも我が娘フィレスティナもこの場に同席させるべきなのですが……申し訳ありません。あれは身体を悪くしておりまして」
「心中お察しします」
 声には抑揚が無く、全くの無感情で返すユリウスに女王は何を感じたのか知る由も無いが、ただたおやかな声で、そうですか、と頷いた。
「さて、“アリアハンの勇者”殿。そなたの我が国へ来訪なさった目的は、既に我がより齎されています。ですが、今一度そなた自身の口からお聞かせ願えますか?」
 神秘の湖底を思わせる清澄の眸に不意に輝きが燈った気がした。それは錯覚などではなく、現実に女王の双眸には眼下に平伏す者を試すような意思を孕んだ、為政者の眼をしていた。見た目の美しさも併せてか、それはとても怜悧冷徹な鋭い刃となって対面者達を貫く。
 背後で跪く同行者達が息を呑むのを感じ取るも、ユリウスは極めて平静に綴った。
「僭越ながら申し上げさせて頂きますと……海運国家ポルトガへ向かう為の通行証を発行して頂きたく思い、御前にまかりこした次第です」
「確かに、我が国は数代前よりロマリアとポルトガの仲介となって両者の間を取り持ってきました。故に我が国はロマリア領土にあるロマリア―ポルトガ間を繋ぐ唯一の海底回廊の所有権を保持しています。あなたの望みを叶える事は充分に可能でしょう」
「…………」
 ユリウスは予め用意していた解答を返す。だがそれは相手にとっても予定調和に過ぎない。
 女王の何かしらの意図を含んだ言い方に気付いたユリウスは、誰にも解らないほど微かに目を細める。そして広げる刹那の黙考。それによって導き出された結論を、ユリウスは淡々と口にした。
「陛下は、私に何をさせようとお考えなのですか?」
 抑揚無く発せられたユリウスの言に、後ろに跪く同行者達が何事かと眼を剥いてユリウスの背中に視線を集め、女王の両脇を固める双姫は穏やかだった雰囲気を消して、剣呑な彩を面に載せてユリウスを捉えた。
 それもその筈。謁見の儀において拝謁者の側から王に意見を求めるなど、あってはならない不遜極まりない事なのだから。ユリウスの言はまさに古来より続く貴族社会の慣習において踏み越えてはならない一線を呆気なく侵犯したのだ。
 壇上から一歩前に進み出るように、威圧的にユラが立つ。
アリアハン・・・・・の勇者殿。女王陛下の御前です。慎みなさい!」
 高圧な声色で、魔姫は“アリアハン”という国名を強調するように放つ。その真意は紛れも無く牽制だろう。
 だが、それを遮ったのは他ならぬ女王その人だった。
「お止しなさい“魔姫”。良いのです」
「! ……はい」
 両脇の双姫の視線が険しさを増すのを宥めながら、当の女王は特に気分を害した様子も無く、ただ淑やかにユリウスを見据えている。そして平時の謁見の儀では考えられない事が、その間に起こった。
 事もあろうか女王が謁見の儀の最中に王座を立ち、壇上からゆっくりと拝謁者に向けて歩み降りてきたのだから。
 双姫はおろか、謁見の間に控えていた兵士達。そして拝謁者側であるソニア達も唖然として女王の行動に目を見開く。
「今現在、我が国は魔物との戦争状態にあります。今はまだ外郭楽園を死守しておりますが、それも何時まで持つかもわかりません。……アリアハン―ランシール領海における海戦、およびアリアハン王都襲撃事件で人間側に勝利を齎した勇者殿のお力、どうか我らに貸して頂けないでしょうか?」
 しっかりとした足取りで女王はユリウスに歩み寄り、膝を床に着く。すぐ近く来た女王の存在に、恐縮の余り再び頭を下げるソニア達の反応は当然の事だっただろう。周囲の空気が絶句の余り凍りつく中、ユリウスだけが相変わらず、動揺すらせずに女王を視界に捉えていた。
「イシスに勝利を齎す……それが、通行証を発行する為に提示される条件でしょうか?」
「とんでもない。我が国への協力如何無しに、“勇者”殿には通行証は発行させていただきます。今私が申したのは打算ではなく、ただ魔物の暴虐に苦しむ一人の人間としての卑しい懇願です」
 女王は声に悲愴を孕ませながら噛み締めるように言うが、ユリウスはそれに内心で舌打ちした。
 言い回しを替えたところで結局は同じ事。打算どころか、これは態の良い脅迫ではないか。戦争中のこの国が自分を戦場という舞台に引き摺り出すには、単純に通行証発行に時間を掛けるだけで良い。イシスの政治中心地である聖都が着々と侵攻している魔物の脅威に晒されるのであれば、当然政府機関もそちらへの対応を余儀なくされ、一旅人の為に他国への通行証を発行する事も無くなるだろう。そして仮に滅ぼされでもしたら本末転倒、すべてが水泡に帰する事になる。
 結局のところ打算で動いているのはお互い様。そう思い至ったユリウスはこのやり取り…いや謁見の儀そのものを甚だしい茶番劇だ、と胸中で悪態をつく。だが表面では礼節に則ったまま至極恭しく頭を垂れ、抑揚無く吐き棄てた。
「…………非才の身でありますが、微力を尽くさせて頂きます」
「ありがとうございます、“勇者”殿」
 薔薇の花弁が咲いたように眩い笑顔で女王は言う。それを見止めたユリウスは、やはり国家元首の相手は面倒だ、と半ば予期していた会話の展開に鉛の茨に絡め取られたような億劫さを感じ、疲れきった嘆息を零すしかなかった。




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