――――第五章
      第十四話 魔法の鍵






 ユリウスとアズサの二人とはぐれてからも、ミコト達は順調にピラミッドの深部への探索を進めていた。
 長く続いた大回廊の終端で唐突に現れた階段を登り、次なる階層に足を踏み入れると、そこは細く入り組んだ薄暗い大迷宮だった。
 高さある壁が押し迫ってくるような迷宮を数歩進めば三叉路に差し掛かり、そのいずれかを選んで進んでも、また数歩先に新たな三叉路が薄闇の中からのっそりと顔を現す。
 どれだけ注意深く進もうとも、どの道筋が正順の路なのか外部の盗掘者はおろか、生粋のイシス人であろうとも易々と判る筈も無い。だというのにも関わらず、王墓守衛隊に所属するティルトは少しの逡巡もせずにこの大迷宮を最短で、正しい方にへと周囲を先導している。この広大な墓所の事を熟知しているのは墓守の任を負う彼女らにとって当然なのか、余りに迷い無いその様は逆に誘われているのではないかという根拠の無い懸念を抱かせるも、同じイシスの民であるという事実がある以上それは杞憂にしかならなかった。

 先頭を往くティルトの言では、地下一地上四階からなるこのピラミッドの五つの階層それぞれには、ラーの教義に基いた名が与えられているという。長く続いた大回廊の階層は現世を示した“常代の回廊”、この大迷宮は生を刻む上で迷走する意思を示した“彷迷の路”。ここより上層に在りし、通る者を阻み選定する大門扉が座す“浄裁の門”。そして再生への最後の儀、“天臨の間”。はぐれたユリウスとアズサがいるであろう地下階層は、かみに見捨てられし“昏黒の領域”。
 今、ティルトによって導かれているのは最上層である“天臨の間”だ。そこは聖王国イシス黎明期、現人神として在ったファラオが没し葬られたとされる、ラー教にとって最も尊き場所であった。

 上層に行くにつれ、いつしかピラミッドに棲み付いていた魔物との遭遇率は格段に上がったが、戦い慣れた一行を阻む程のものではなかった。魔物の襲撃もそこそこに、ミコト達は滞りなく大迷宮を越え、次なる階層の巨大な岩造りの大扉の前に到っていた。




 建造されて長久の年月が経っている為か、朽ち剥がれた壁の石片が幾つも床に転がり、燭台の火がそれらの影を深く彩っている。だがそれでも大まかな景観を損なわない岩の巨壁は、よほど精密に切り分けられ積上げられたのだろう。一つ一つが成人男性を優に越える高さを持ち、質量は見かけ以上である事が容易に判る。壁一面には、建造当時に用いられていたであろう顔料によって様々な紋図が配置されており、それらは否応無しに曰く有りげで意味深長な何かを通る者に訴え掛けていた。
 試行錯誤の下に設計されたこの建造物は、一体如何なる手段とどれ程の人間達を動員して造り上げたのだろうか想像に難い。神の寝所と謳われる聖域特有の荘厳さもさることながら、これを造り上げた人間達の堅実な力の偉大さを、歴史学者や遺跡発掘を生業とする者達は深い感銘を覚えた事だろう。
 最上層“天臨の間”に到る為には、この階層の主だと言わんばかりに泰山の如く座した大扉を開かねばならない。一見してその扉は味気無い、だがそれでいて途方も無い巨大さの岩壁であった。更に言うなれば、扉は手の込んだ事に散魔石で造られていた為に一切の魔法は通じず、物理的に破壊する事はその質量を鑑みても不可能に近い。誘いの洞窟の時のように、魔法の珠という圧倒的な爆発力で吹き飛ばすという方法は明示できたものの、それを実行する為の肝心な道具は無く、且つこのように狭く逃げ場の無い場所で使えば確実に自分達も生き埋めになる。どう考えても現実的ではなかった。
 守衛隊の者によると、この扉は機械式の装置で開閉を制御しており、その仕掛けを解除する為にはこの階層をぐるりと一周する外周廊下の四隅にあるボタンをとある定められた順番・・・・・・・・・に押す事が必要とされた。
 ミコト達は墓守達の指示に従い、二人一組になって東西南北を正確に指している四隅にそれぞれ向かう事となった。

(まんまるボタンは不思議なボタン。まんまるボタンで扉が開く。東から西へ、西から東へ……って、比喩も何もそのままじゃないか)
 仮にもこの王墓の事は国家機密に相当する事であり、童謡としてその解除法を市井の人間が気安く口ずさんでいるのは如何なものなのだろうか、と思いミコトは疲れたように嘆息する。
 尤も現実問題として、民間人がこの童歌の真意がピラミッドと関連性を持っている事には気付いていなかった。何故ならピラミッドという聖域は、崇敬する歴代の王達が羽根を休める終の寝所である事を深く理解し、その厳粛なる内の事を知ろうなどと意識する事自体が罪深く畏れ多い事だと、イシス人達は信じきっていたからだ。
 盲目的な信仰によって貴く祀られた神聖な場所は、その妄信によって人々の意識に畏れの影を落とし、遠ざける両極の障壁に護られていた。
(過去に記された言葉を許容し遵守するが故に、そこに現在の者の言葉は届かない……か)
 信仰に拘泥する事を批難するつもりは無く、またそれが人の心の安定に必要なものだという事を理解しているミコトとしても、ここラー教団中心地における神の在り方…人々の深くに与える影響力、支配力の強さに肌寒いものを感じていた。
 ミコトは回廊の東隅の壁に恭しく設置されていた真円の出っ張りを押す。岩と砂が擦れ合う鈍い付加が腕に掛かったものの、それは大した抵抗無く壁の奥にへと吸い込まれていく。
「これで……良し、っと」
 およそ肘位まで円筒状の岩を押し込むと、壁の奥でカチリと何かに嵌る小気味良い音が壁伝いに廊下に響いた。

 それから半刻もしない内に、全てのボタンが押された為か、地面が大きく揺れたかと思うと何か大質量体がゆっくりと動く引き摺ったような重低音が廊下全体に響き渡る。音に伴う地鳴りのような振動に、岩と岩の隙間から砂塵や石礫が零れ落ちて、煙は廊下中に深々と広がっていく。
 そんな中、ミコトとヒイロは門扉の前に再び集結しようと来た路を戻っていた。その時、ふとミコトは後方を歩くヒイロが先程から一言も発していない事に違和感を覚える。知的好奇心が旺盛な普段の彼ならば、この遺跡の仕掛けに対して充分すぎる程の興味を示すのではないかと思っていたからだ。
 少しミコトは歩調を緩め、ヒイロに併せて並び歩きその顔を見上げる。ヒイロは睫毛に隠れた琥珀の眸で空虚に前を見据えているだけでこちらに反応を示す事は無かった。
 何となく、らしくないヒイロの様子にミコトは怪訝そうに尋ねた。
「どうしたんだ。何か気になる事でもあるのか?」
「あ、ああ……ミコト、君は『魔法の鍵』って知ってる?」
「お前……何を真剣に悩んでいるのかと思ったら、そんな事か」
 やけに深刻そうな顔をしていると思ったからこそ、ミコトは呆れ混じりの嘆息を零さずにはいられない。ヒイロはジト目で見上げられるのに特に不快感を感じた風ではなく、逆にミコトの口ぶりに飄々と尋ね返していた。
「と言う事は、知っているんだね?」
 何となく調子が狂う、いや、元に戻ったと考えるべきか。いずれにせよ、ミコトにとっては余り快い会話の展開では無さそうだったので、諌める意味も込めて半眼で、ああ、と少し強い口調で言った。
 確信に一つ頷いたヒイロは、取り敢えず自身の考えを検め、ミコトに聞かせるように丁寧に綴る。
「俺の知る限り、嘗て勇者オルテガ殿も『魔法の鍵』を求めてこのイシスに来たという話があった。盗賊ギルドで認識しているそれは、開けない扉など無いと言われる万能鍵でイシスの宝物とも云われている。製造法に懸賞金すら出ている位だから、きっと外部には秘匿とされる何か特殊な要因子を用いて作られたんだと思うけど、いまいち解らなくてね。材料で特殊な金属を用いているのか、或いはイシス特有の魔法陣技術の応用なのか――」
「いや、それ前提を間違えている」
「え?」
「『魔法の鍵』は鍵と言うじゃない」
 延々と一人議論を展開しそうな雰囲気を醸すヒイロに、ミコトは辟易しながら釘を打つ。加えて自身の持つ知識との差異を唱えた。
「“魔法の鍵”は、中央大陸に存在する周辺国家に強い発言権を持つイシスという国家の後ろ楯を得たという証の事だ。古い時代…確か冒険者ギルド設立前では、王の許可を得た旅人がこの霊廟を訪れ、知恵と勇気を絞って王家の証を見出し王に献上する、という一連の儀式があって王にその勇猛を示し認められれば、対価として王がその人物の後ろ楯となる。要はその過程と結果……今では冒険者ギルドという組織が両者の間を橋渡ししているから認識が低いけど、古い時代においての国家間通行証のような概念こそが“魔法の鍵”の筈だ」
「……成程。冒険者ギルドの設立前の時代では余程の大義名分を背負った者や、身位を明確に証立てられる者で無ければ通行証は発行されなかった筈。一旅人にとって世界は閉ざされたものだったろうから、その後ろ楯はまさに世界を開く“魔法の鍵”だったという訳か。……この説を推すならば盗賊ギルドは永い間、大きな勘違いの渦中にいた事になる。これは……面白いね」
 全く予想だにしなかった答えに、思わずヒイロは身を震わせる。それは、どんな情報だろうと行き交う速度では他の国家、組織よりも優れている盗賊ギルドすら手玉に取っていたという証明だからだ。そこに籍を置く者としては静かな興奮を抑える事ができなかったのだ。
「じゃあ何でオルテガ殿は“魔法の鍵”を求めたんだい? 火のない所に煙は立たないから、やっぱり――」
「今の私達と同じだからだろ。……確か十五、六年前ならロマリアとポルトガ間の政治的緊張はかなり高かったみたいだし、魔王の事もあるから」
 それは世界史を読み返せば容易に判る事だった。半世紀前の西大陸の勢力図は現在と異なり、ポルトガの版図がロマリア領土の深くにまで喰い込んでいた。その事実が発端となり両国は数十年に亘る永き戦争状態にあった。約二十年前の魔王降臨は両国家間の戦争が終結して数年内の事。まだ傷跡の癒えていないポルトガにとって、外に異常なまでに敏感になるのは仕方が無い事だった。……そして、二人を始め多くの者は知らない事だが、オルテガが戦争初期から中期にかけての英雄である“剣聖ブラムバルド”の名を継ぐ者で在った事も一つの要因である。
 今のユリウス達と同じく、オルテガも外洋を越える事が出来る頑強な船舶を欲したのであれば、強国イシスの“魔法の鍵”を求めるのは自然の流れというものだろう。
「……でも随分詳しいんだね。ミコトって、イシスに来た事が無いって言っていなかったかい?」
 耳新しい説話に感心を零すヒイロ。その途端、ミコトは顔を苦々しく歪めて唇を尖らせた。
「……今のは朔夜の受け売りだ」
「サクヤさんの?」
「朔夜と出雲、……あと日向の三人はイシスにとても詳しいからな。この国に知人も居るみたいだし」
 ミコトは嘗て一度だけ、信頼する三人が国主の命でイシスに赴く時に随伴を願い出た事があったが、丁寧に、だがはっきりと断られたのを強く記憶している。特に朔夜は普段から容赦の無いであったが、あの時の穏やかな口調と佇まいによる絶対的な拒絶が酷く幼心に冷重に圧し掛かった。
 それを思い出してしまった為の無意識の所作だったのか、何となく不機嫌そうな嘆息をミコトは零していた。
「でも、何で今になって鍵の事を? 私も、鍵そのものだという話があるのは初耳だったけど」
「イシスで俺が文献を読み漁っていたのは知っているよね?」
「ああ。三日間くらい書庫に泊まっていたな。ユラ殿も呆れ半分、感心半分だった」
 ここで旅路を共にしたアズサでは無くユラの名前が出たのか、ヒイロには疑問だったが、話が脱線しかねないので敢えて触れないでおく。眉間に指先を当ててヒイロは目を細めた。
「文献の端々に鍵と共に扉の逸話が幾つも出てきたからね。イシスという国家について回る話の中じゃ、“魔法の鍵”が一番有名だし、ここの大扉を見て何となく関連性があるのかと思ったんだけど……」
「判らずじまい、か。……説は他にもが色々あるのか?」
「どうだろう? イシスは古い国だからね。きっと時代時代によって様々な脚色に塗り替えられてきたのかもしれないから、何が真実なのかを断定するには情報が少なすぎる」
 そう言いきってヒイロは自らの疑問を閉じる事にした。不毛では無いにしろ、ここから先は恐らく状況が赦してはくれないだろうとの判断だった。
 話している内に大扉の前に到着し、既に悠然と開かれた回廊の先を見据えてヒイロは静かに言った。
「そろそろ他も戻って来るね。この先には果たして鬼が出るか、蛇が出るか……ミコト、油断しないように」
「言われなくても判っている。私も冒険者の端くれだ。ここに来て油断出来る程、私は自分を過信しているつもりはない」
 二人はそれぞれ武器を持つ手に力を篭める。微かに嘶いた金属の軋み音に被せるように、背後の外周廊下から幾つもの足音が近付いてくるのを二人は感じた。








「……全ては、廻天している円盤上より奏でられる一刹那の楽章」
 黒天に浮かぶ蒼茫の月に、灼けた紅砂のカーテンが掛けられている。朧な月光は柔らかく、それでいて空気に深々と染み渡る強かさを以って夜を侵し、淡い紫の帳を地上に降ろしていた。
 原色の交わりが静かの夜に深みを与える空を見上げ、アトラハシスは恭しく両手を掲げた。
「ご覧よ。この麗華な“夜”の下、砂礫の地に犇いている飢渇に喘ぐ者達を」
「不死魔物共か……つか、ありゃあ真っ当な魔物じゃねぇな」
「その通り。彼らは魔物への転化が完遂してなくて、変異が途上のまま固着された存在なんだ。この砂漠で人の形をとる不死魔物は往々にして人間……この地に潜んだ業の発露、“魔”の因子が開放された姿なのさ」
「……結局、その“魔”の因子ってのは何なんだ? 何でイシス人が“魔法の鍵”なんだ?」
 両腕を組んで小さく唸るオルド。その妙にぎこちない様に、アトラハシスは苦笑を零した。
「往古より、イシス人は世界的に見ても魔法修得者数が頂点の域に達している人種なんだ。統計的数値が公開されている訳じゃないから彼ら自身にその意識は低いけど、ね。……永い間、ダーマの学者達がその真相を探ろうとしているみたいだけど、未だその真実は日の下に曝されてはいない」
「そういう回りくどい言い回しは好かん。要点だけを簡潔に、且つ丁寧に頼む。どうせ大将は知っているんだろ?」
 言葉を弄して筋道を混濁させるのはアトラハシスの悪い癖だと知るオルドは、促すように半眼で視線を送る。
 逆に、そこはかとなく無理難題を押し付けるオルドの言はさらりと流し、アトラハシスは首肯した。
「嘗て……人の一生など及びもしない久遠の時、世界が未曾有の危機に瀕した時代があった。その危機が何なのかはぼくにはまだ判らないけど、大地は痩せ、水は乾き、火は失せ、風は濁り、生命は枯れ堕ちる。往々に満ちているマナが非常に希薄……いや、調和が崩壊するという事態に世界は陥ったんだ」
 遙か視線の先に薄っすらと引かれた地平線を、アトラハシスは舞台役者の如く優麗になぞる。その気品ある仕草に華を添えるように、一陣風が吹いた。
「全ての根源たるマナは、奇跡とも言える絶妙な調和を以って生命を、世界を構築している。故に一度崩壊が起きてしまえば加速度的に進み、急速に世の繁栄は衰退する。荒廃化が進む世界、環境の歪みは種の容を澱ませ、生命は存続さえも危ぶまれた。そんな壊れかけた世界でイシス人の祖先は大気と大地の狭間で震えるマナを効率的に収束し、生きる手段を得る為に自らの血潮に“魔”を御する因子を植え込んだ」
「……そんな大それた事が、可能なのか?」
「可能だったからこそ、現在いまがある」
 アトラハシスが語る中の真相は量れずとも、言葉そのものの意味としてならば理解できる。『魔神の斧』からその程度の記憶は得ている故に、オルドの疑問は深長を増した。
 オルドの問いにアトラハシスは掲げていた腕を下ろす。そして頬に掛かった翡翠の髪を指先で摘み、弄り、解放する。それはアトラハシスが思考を進める際の癖だった。
 一瞬の沈黙がその場に流れる。
 開けた空を横柄に往く風が、王墓の天頂に立つ二人を暴虐に打ち据えている。だが風は二人に触れる寸前、彼らの周囲を取り巻いている濃厚でより巨きな見えざる濁流に弾かれ、無惨に四散して微風に成り下がる。
 風のせせらぎが緩やかに髪を梳くのを無心に覚えながら、アトラハシスは静かに発した。
「この地に住む人の祖先はね、マナそのものを実体結晶化させ精製する技術を知っていたんだ。それは悠久に天を支配していた超古代文明の遺産であり、それを用いて結晶化したマナを自らの体内…血潮に溶かす事でマナへの親和性を無理矢理に高めようとした。それは当時、この地方の風習では最も犯してはならない禁忌とされ、誰も行う事の無かった秘儀。最初にその禁を破り実行した人物こそ、この国の開祖と崇められるファラオに他ならない」
「ファラオ? ……ああ、“爪”に拒まれたヘタレ野郎か」
 辛辣に納得を示すオルドに、だがそれは的を射た発言だと知るアトラハシスは薄く冷笑を浮かべた。
「本来彼は、『凶爪・黄金の鉤爪』に選ばれるべき存在じゃなかった。何故なら彼には意志はあれど力が足りなかったからだ。それを克服……いや、未熟な自分から眼を背ける為の虚栄のままに“魔”の因子を己が体内に取り込み、底上げした力だけで無理やりに“堕天誓約カブナント”を行った」
「おいおい、そりゃあ無謀もいい所だ。そんな邪道、印の機嫌を損ねて逆に呑まれるのがオチだろ」
「その通り。意志無き力は蛮暴であり、力なき意志など虚妄に過ぎない。彼にはそれが解らず、“昂魔の魂印マナスティス”は当然に彼を拒んだ。分不相応な行動の咎は彼自身を醜く中途半端な魔物の姿に変異させ、そればかりかこの大地にさえ波及する事となった……結果は、この砂漠を見ての通り。今は見る影も無いけど、嘗てイシスは“神護の森”に次ぐ大森林地帯だったんだよ」
“神護の森”とはダーマ北部に存在する世界最大の面積を誇る大森林地帯。根源の塔とも云われる世界樹ユグドラシルが存在していると噂されるその規模は、アリアハン大陸全土を越えると言われ、一度人間が迷い込めば、二度と生きては出て来る事が叶わない秘境中の秘境の事だ。雄大な地に次ぐ位置にこの地が在った事実も、草木一本生えぬ現状を見ては想像が繋がりようも無い。
 微かな哀憐を声色に乗せてアトラハシスは続けた。
「何故彼がそこまで頑なに力を求めようとしたのかはわからない。だけど、自身の足元を見ようとしなかったファラオの愚かさがこの“屍の生地”を招いてしまった。……呵責と贖罪に駆られた彼はその煩雑する不整合なマナを均す為に、“爪”と共に遺産としてこの地に配されていた“扉”を開こうとしたけれど、不完全な者にそれは赦されなかった。逆にその行動がこの地の宿命を決定付けてしまったんだ」
 踵を返し、アトラハシスは天頂から一段フワリと跳び降りる。靴底から感じる硬い反発に、僅かに目尻を持ち上げた。
「願いも志も世界からも拒まれた彼は、不完全な魔物のままやがて狂奔し、終に自我を失い。結局ファラオは彼の娘と、共に在った四光の魔導器、そして当時この地を訪れていたとある旅人・・・・・の一行の尽力によって討たれ、封印された……そう、この“幽玄の王墓”にね。全てはファラオの不徳の致すところ。己が器を省みず、分不相応な夢を抱いてしまった事が彼の夢の終わりで、この地の悪夢の始まり。ラー教という耳障りの良い体裁は、事後処理の一環で真実を隠蔽する為に拡げられた欺瞞。決して語られる事の無いイシスの真なる正史……それこそが陽の当たらない場所にある真実の姿なのさ」
 荘厳にして尊い血潮の系譜は、最早卑下たる図式に成り下がる。厳かに崇められる聖域も、所詮は悪臭を放つモノに被せた蓋に貼られた清い名札に過ぎない事実。これらを皮肉と言わずに何と言えばいいのだろう。
 訥々と語られるアトラハシスの言葉を聞きながら、オルドは今のイシスの現状を思い嘲笑った。
「そりゃまた……随分と盛大な皮肉だな。神と同一視されるまでに持ち上げられた開祖ファラオも、実はただの惰弱な人間で、外道に堕した愚者に過ぎなかったって事か」
「弱いからこそ、ただ頑なに胸に秘めた貴い願いを求めていたのかもしれないね。道を外そうとも求めずにはいられない願いが何なのか、他人であるぼく達が推測する事は不躾だよ」
 ふう、と一つ嘆息して、アトラハシスは闇色の外套を被る。いい加減、髪が風に弄ばれるのを厭うたからだ。
 アトラハシスは聖都の方角に視線を動かし、すっと翡翠の眼を細めた。
「屍術師殿自身は人の身でありながら“剥心融魂フューリー”で魔物に変異を遂げたとても稀有な存在だけど、そこから魔族の領域に至らしめた印は……紛い物さ」
「追求した本質は俺らのと同じじゃねぇのか? 同じ気配は確かに感じるんだが……」
「まあね。だけどあれは、智魔将閣下によって不完全に錬成された邪錬鉄エビルメタルから出来ている。結局は純度の低い粗悪品に過ぎない。そして粗悪品であると知りながらも、それに縋らざるを得なかったその意志は毅く、儚い。屍術師殿自身は否定していたけど、その在り様は嘗てのファラオそのものだ」
「…………」
「だけどそれは自明の事。なぜなら、屍術師殿の“剥心融魂”は、ここに封印されたファラオの残留思念を糧としたもの。屍術師殿自身に自覚がなくとも、自ずとその意識は同調し、染められてしまう」
「それは意志薄弱って言うんじゃないのか?」
 呆れたように半眼でオルドはアトラハシスを捉える。オルドとしては上役が同意し一笑に伏すものだと思っての行動だったが、逆にアトラハシスは真摯な相貌を崩す事は無かった。
「とんでもない。寧ろその逆さ。目指しているものを強く捉えすぎているが故に、他に眼を向ける事ができない。視野狭窄で囚われた意識……強ければ強い程それはとても剛毅で、あまりに脆弱だ。だけど……」
 ここで言葉を一旦呑み込み、アトラハシスは天を見上げる。
「風に吹かれて潰えてしまいそうな危うげな灯火を胸に抱え、それを拒まんと昏惑の中を力への意志に奔走する姿勢こそ、この舞台を飾るに相応しい役者の姿だ。屍術師殿にそれがあるのかどうか、見守るのもまた一興かな」
 屍術師を…正確にはその上役である智魔将エビルマージを毛嫌いしているアトラハシスの、何らかの思い入れがあるような言い回しにオルドは怪訝に思う。穏やかな顔をして酷く辛辣な言を連ねる彼としては余りに情緒的で、その事が脳裡で一つの線を浮かばせた。
「……大将が奴の事を嫌ってるのは、ひょっとして同属嫌悪か?」
「さあ、ね」
 確信を持ってニヤリと人の悪い笑みを浮かべて揶揄るオルドに、アトラハシスは曖昧に小さく肩を竦めた。

「……ま、何だ。要するにここは色々と面倒臭せぇ国って事だな」
 これだけ説明して結局はそれなのか、とアトラハシスは苦笑を固まらせる。何となく報われない思いが過ぎるも、それをオルドに言ったところ意味が無いのは充分承知していた。彼自身の言を用いると、彼は感性で物事を捉える性質なのだから、歴史のいろはを説いたところで興味が湧かなければそれまでの話だ。
 ある意味それを羨みながら、アトラハシスは外套の下で目を細めた。
「歴史が永いという事は、裏で抱えてきた縁業もまた重いという事。君の出身であるネクロゴンドがその良い範例じゃないか。……まぁ、アリアハンもそれに近いものがあるけどね」
「……かもな」
「紅き砂礫に立つ不死者達は、『死のオルゴール』が奏でる甘美な微睡の風韻にその身を委ね、裡に秘めし“魔”の因子を開放した者達。さしずめ、イシスの民とはやがて訪れる羽化を待つさなぎの群れ」
「ああ、屍術師が持っていた喧しい小箱な」
 肯定に頷き、アトラハシスは笑った。
「そう……あの甘美なる旋律は、肉体と精神を繋ぐ銀の鎖を断ち切る呪殺魔法と等価の効力を秘めている。屍術師殿はそれに制限を設ける事で不死魔物を造り出す事に成功した。倒された不死魔物のマナの残骸は、ゆっくりと太源に染み渡り、浸食しては回帰の路に負陰の指向性を齎す。魔を包括し、やがて開かれる扉に彩りを添える為の顕花……即ち“魔法の鍵”」
「……何と言うかよぉ、苦労して探し当てた宝箱の蓋を開けてみたらミミックだった、って気分だなぁ」
 漸くオルドが求めていた解に辿り着いたと言うのに、彼は酷く疲れたように深々と嘆息するばかり。
 その後に吐かれた全く以って理解しがたい表現は、彼の落胆する心中を如実に表して居るのだろう。オルドの魁偉からすると酷く不似合いな仕草に、思わずアトラハシスは吹き出した。
「あはは、がっかりしたかい?」
「まあな。だが、当たりもあれば外れもあるのが盗賊家業の醍醐味よ。だからこれは止められねぇな」
 だがそれが嘲りの笑いで無い事を知っているオルドは、やがて肩を揺らして盛大に笑い声を上げた。




 どれだけ時間が経とうとも、天に座した月が動く事は無い。この“夜”を齎した屍術師の言では月も星も顕現する事は無く、ただ有機的に明暗の強弱を示す闇だけが在る筈だったのだが、現実は異なる。空の中心に月が座し、その周囲にひっそりと寄り添うように星が連ねられている。それらは決して動く事無く、ただ在るがままに大地を見下ろしていた。
 一体如何なる不確定要素がこの空に月と星を齎したのか想像もできないが、とても興味を擽られる。予定調和とはいかなかった“夜”ではあるが、かえってこれら月と星々のように現実的な自然の様子を織り交ぜた方が異常を際立たせている。事実、イシスの人々は理解不能な現状の中にある馴染みある存在に、大きくその心を揺らせる結果となっていた。
(なまじ普遍的な夜を感じさせるものが無ければ、完全に異常下に自分達は居るという心構えも容易にできただろうに……)
 屍術師が望む事を思えばある意味僥倖とも言えるのだが、やはり与り知れない因子を放置するのは危険を伴う。もっとも、アトラハシスは屍術師の味方でも仲間でもないので露払いをしてやるつもりなど無いが。
(月の光が……強くなっている?)
 空を注視するアトラハシスは何となく思った。だが、根拠の無い思惟の展開をする意思は持ち合わせてはいないので、ここ中断して再度オルドに向かう。
「さて、オルド。君に一つ仕事を頼みたい」
「あ? 何だ藪から俸に……」
「聖都に侵入してくれないか」
 青天の霹靂だったのか、請われた事に瞠目するオルド。そして強面を怪訝そうに歪めた。
「大将……あんた、高みの見物を決め込むんじゃなかったのか?」
「うん、ぼくはそのつもりだよ。だけど君にじっとしていろだなんて苦痛だろう? いや、絶対に無理だね」
 木漏れ日のように穏やかに吐かれた毒に、思わずオルドは笑い声を引き攣らせる。
「断定するなよ……で、我が上役様は何をご所望で?」
「誰にも気付かれる事無く、この局面下で揺らぐ聖なるもの・・・・・の異変を見つけ出して欲しい」
「随分と曖昧な注文だな」
「きっとそこに隠されている筈なんだ。“黒”の欠片が」
「……あんなヤバイ代物がこの国にあるってのか?」
 その単語が齎す異常さと危険性を肌で感じ取っているオルドは、気付かれないように小さく息を呑み込む。そんなオルドの緊張を察してか、アトラハシスは敢えて軽やかに頷いた。
「あの方の未来視ではこの地に顕現すると仰っていたし、歴史を掘り返してみるとここは“紫”の起原点だからね。きっと合一への回帰願望に彷徨える“黒”の一欠片は導かれていて然り……だけど、それなのに少しもその存在を感じる事ができないという事は、恐らく強力な封印が施されているからだろう。もうじき、屍術師殿によってこの地に大きなマナの流動が引き起こされる。その際に頻発する異変の兆候と痕跡を辿っていけば発見できる公算は大きい」
「成程。観覧ってのは方便か」
「うん。それに……ん?」
「どした?」
「いや……それに鍵職人としては、難関な錠の方が破り甲斐があるだろう?」
 試すように挑発的で、実に良く自分の心を煽る言い回しに、満足したオルドが不敵な笑みを浮かべた。
「く、はははっ! 了解だ、大将。せいぜい茶でもしばきながら吉報を待ってな!!」
「期待しているよ“デスストーカー”……オルドファス=バコタ」
 風が月下で軽快な旋律を奏でる中。王墓の天頂に在った二つの影の内一つが闇に解け、残された影も暫し孤高に佇んでいたが、やがて闇に消えた。








 真闇に支配されていた“昏黒の領域”を越え、更なる深層に足を踏み入れたユリウスとアズサは、未知なる場所に注意を最大にしていた。何故なら予めイシスで聞いていた情報では、ピラミッドは地上四地下一層構成になっている筈なのだが、今二人はある筈の無い地下二層を進んでいる。存在さえ語られる事が無い以上、何が起こるか全く予測不能で警戒は密に必要とされたのだ。
 大して広くない回廊は足元に人骨が犇いている訳でもなく、逆に丹念に整えられて塵一つ落ちていない。道幅はギリギリ剣を振れる程度の物で、天井もユリウスが剣を掲げれば届く程度の高さしか無いから居るだけで圧迫感を覚えずにはいられない。
“常代の回廊”の構造とはまた異なる趣向の建築様式は、幾つも壁に燭台を備えており、自然ならざる暗青の炎がおどろおどろしく場を彩る。
 余りに己の知るピラミッドとは異彩を放つこの場所に、既にここは現世の冥界なのではないかと半ば思い始めていたアズサは、剣を持たない手で再びユリウスの外套の端を掴んでいた。
 何を意図してアズサがそんな事をするのか知る由も無かったが、その行為によって動きが制限されるユリウスとしては甚だ迷惑な話だった。だのにユリウスがその事を咎めるでも無くただ沈黙を保ち放置していたのは、何かにうつろう彼女の心中を慮っているという訳では決して無く、単純明快に面倒だったからに他ならない。
 不調和な調和を感じさせる距離を保ったまま、やがて二人はそれ程長くない回廊を越え、先に在った小さな部屋に足を踏み入れた。

「悪趣味だが、どうみてもこれは柩じゃな。……何でこんな所に」
「随分と仰々しい部屋だ。柩がここに在ると言う事は、この部屋がイシス開祖の古代王が葬られた場所なのか?」
「……わからぬ。伝承ではファラオが永劫の眠りに着かれた寝所は、ピラミッドでも最も太陽に近き最上層“天臨の間”の筈。こんな場所、私は知らぬ」
 ユリウスとアズサが足を踏み入れた部屋は、一言で言ってしまえば柩の安置されただけの玄室だった。その雰囲気は陰鬱にして暗澹。だが遠巻きな印象とは異なり、この玄室を構成する一つ一つの要素が背筋が寒くなるまでに荘厳な様相だ。
 壁や床はおろか天井にも隙間無く刻まれた紋様はどういう訳かぼんやりと淡く閃く金の光を燈していて、周囲の薄暗さと併せればそのコントラストは心の脆い場所を冷たく撫でる。そして無数に発せられている妖光を余さず受け止める黒大理石の祭壇上で、三柱の台座を傍らに独り横たわる金塗りの石柩は、何かを待ち望んでいるかのようにただ沈黙していた。
「考古学は専門外だが、これまでの階層とは明らかに構造が異なる。材質も既に散魔石ではない……ここの魔力濃度は“昏黒の領域”とは逆に異常だ」
 ユリウスは膝を折って床に彫られた紋の一つに手を添え、その輝きを黒曜の双眸で値踏みする。添えた革手袋の先で、何かが鼓動を打っているような感触を覚えた。
「……一つはっきりした事が在る」
「何じゃ?」
「この部屋中に描かれた紋様は全て古代魔法紋字だ」
「読めるのか?」
「読めない。スルトマグナならば解読できるかもしれないが……ここに列せられているのは、現在主流として用いられている魔法紋字大系には含まれていない紋字ばかりだ。これらが何らかの意味を以って配置されているのであれば、この部屋は何か高度な大規模術式の要と考える事ができる。そして、その術式は既に発動している」
「! お主は何だと思う?」
 イシスの地に育ちながら魔法とは無縁であったアズサは驚愕に眼を見開き、震える声でユリウスに問う。大規模術式と聞いて直ぐにとある事象・・・・・がアズサの脳裡を掠めていた。
 アズサが想起した事にユリウスも気付いているのか、だがそれに同意し肯定する事は無く。また否定もせず無感動に小さく肩を竦めるだけだった。
「さあな。心当たりが多すぎる」
「……何か良からぬ感じがするのぅ。この陣をぶっ壊すのはできないか?」
 紋は無作為に配置されているようで、より大局的に見ると全てが渦のように柩に向かって収束している。それを直感で覚ったのか、部屋の中心に鎮座した柩を指差しながらアズサは言う。その手には既に聖澄な白銀の光を燈す『聖剣・滅邪の剣ゾンビキラー』が握られており、問うまでも無く破壊する意欲に満ちていた彼女の緑灰の眸と聖銀の輝きに、ユリウスは冷然と告げた。
「止めはしない。だが、陣に自己保存機能が備わっていた場合、どうなるかは考えずとも判るだろう」
 踏み出そうとした面前に放たれた言葉に、アズサは足をピタリと止める。全身を硬直させ、錆と錆を擦り合わせたような擬音を醸しながらゆっくりとユリウスに振り返った。
「……お、脅かすでない」
 だがユリウスはそんなアズサの批難染みた視線の事など認識から既に外し、予感とでも言うべきなのか石柩を睥睨していた。

――……れだ?――

 その時、不意にくぐもった声が玄室内に響いた。それは空気ではなく玄室を形成する岩を介して伝わる振動だった。
「……ユリウス、何か言ったか?」
 アズサは思わずユリウスや周りを見回すも、状況に目立った変化は見られない。怪訝を深めて柩の周囲を歩み、空の台座に手を乗せると逆の掌の中に座す聖剣が一瞬大きく嘶いた気がした。

――我……りを…げるの………誰だ?――

 再び鈍重に響いた破擦音にユリウスは眉間に皺を寄せ、無感情の双眸は油断無くただ一点を凝視する。
「ユリウス……心細いならそう言え。手ぐらいは繋いでやる」
「剣を持っているから充分だ。丁重に断る」
 何処まで本気なのか測りようも無いが、取り敢えず場違いなアズサの言を忘れて、ユリウスはその手に握った剣の柄に力を篭めた。

――我が眠りを妨げるのは……貴様らか!――

 声は徐々に大きく明瞭に、そして荒々しくなっていき、やがて岩を揺らす振動も大きくなる。声の昂揚にガタガタと余り地下で聞きたくない類の音が聴覚を支配していき、アズサは冷や汗を掻いていた。
「げ、幻聴ではない…な? わ、私はまだ何もしておらんぞ!」
「確かに、どうやらお前の聴覚だけが狂ったと言う訳ではないらしいな」
「……厭味か? そこはかとなく悪意を感じる」
「幻聴だ」
 敵を射殺せそうな鋭く剣呑な眼差しでアズサはユリウスを睨む。だがユリウスはアズサの事を気にする事無く、泰然と石柩の前に立っている。その冷刃を髣髴させる姿は、そこに斬るべき何かが在る事を認め、その切先を突き付けていた。
「あ、あれを見よユリウス!」
「柩が……開く」
 叫呼するアズサの声と同時にユリウスは小さく呟く。それは予感が確定した瞬間であり、戦いの始まりを告げる鐘の音でもある。
 何かに押し上げられているのか、不可解に宙に浮いた柩の蓋。その内側から嗅覚を麻痺させる強烈な腐臭と共に、生理的嫌悪を催す鈍暗な煙が溢れ出た。

――我の眠りを妨げる者に死を。惨絶なる死をっ!!――

 厳かな宣告は拡散する闇を一点に集約させ、その闇煙の奥から二つの金が強かに妖しく光る。それは確かな意思を持って、眼前に立つユリウスとアズサを敵と定めた。
「くっ、滅邪の剣のこの震え……こやつが、こやつがイシスを襲っている不死魔物の王か!?」
 アズサの手の中で聖剣が歓喜し、これから始まる戦いを只管に喚起している。迸る“不死絶殺”の鼓動に、アズサもその意識を引き締めた。
「何でもいい。敵は殺すだけだ」
「来るぞ!!」
 煙が退き、現れた姿は人間のような姿を象っていたが、それは既に人間の領域の存在ではない不死者のもの。それぞれに剣を構えたユリウスとアズサは、心地好い殺気と敵意を剥き出しにする魔物に向かって敢然と疾駆した。




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