――――第三章
      第十一話 罪科の奏効







 先程までの禍々しい波動と共にきしみ声を上げていた岩壁も、今は耳鳴りさえ感じてしまう程に静寂を保っている。
 深き地と闇の底、空に浮かぶ太陽の光輝が決して届かない隔たりのある場所。
 そこに在るだけで悪寒が全身を這いり回っていくような、心の内を震わせる仄暗ほのぐらい水面に反射する燭台の青白い灯だけが、この地を静かに照らしていた。
 持ち込んだ松明など先程、ルビーから発せられた波動と収束した闇によって既に掻き消えている。この空間に満ちている湿気の為か、再びそれに火をともす事は望めない。

 森の妖精種エルフ族が築き上げた神秘に充ちた神殿から少しずつ後退しながら、やがて橋の辺りにまで至る。そこでヒイロは内心で大きく安堵の溜息を吐いた。
 背に幾筋も流れている汗の通り道に、服を透して冷たい外気が触れて酷い不快感と焦燥感を自分に知らせる。
「皆、大丈夫かい?」
 何時に無く強張った自分の声。周囲を一巡りして聴覚に捉えられるそれに、これほどまでの危惧を覚えたのは一体何時以来だろうかと、刹那思った。
 ソニアとノエルを後ろに庇いつつ、腰から鎖の鞭チェーンクロスを引き抜きながら、ヒイロは眼を細めて現状を把握する。
「気をつけろ! あの瘴気は、まずい!」
 自分の数歩前で、いつでも戦闘に入れる態勢取っているミコトが右腕に装備している鉄の爪を強く握り締めていた。その表情は持てる最大限の警戒を貼り付けているのか、ただ険しく油断無く前を凝視している。
「…………」
 その更に前、神殿から数歩という所でユリウスも既に戦闘態勢に入っていた。何時の間にか抜剣されている鋼鉄の剣は、周囲の青白い炎を反し恐ろしく鋭利な刃に見える。力の篭められた眉間には皺が深く生まれ、それは時局の変動を見極めていた。
「何……、この邪悪な感じは……」
「あれは……誰?」
 背後でソニアとノエルはこの濃密な闇と瘴気に顔色を悪くしながらも、懸命に変わり往く現状を認識しようとその中心である神殿の奥へ視線を送っていた。
 そしてヒイロも同じようにそこ・・へ視線を走らせた。
 周囲に広がっていたかすみのような闇は、その一点に収束している。ただでさえ洞窟の中という場においての息苦しさを感じているのに、それから発せられる威圧感、嫌悪感は臓腑に重く圧し掛かっていた。
「ミリアーー!」
 背後でノエルがその先にいる人物を叫呼していた。






 重圧と瘴気の中心である神殿の中。列柱に刻まれた魔法紋字が、悲鳴のように激しく光を脈打ち始めた。それはこの場に立っている者達を越えて影を生み出し、断続的に緩急と強弱を続ける光の波はそれらを躍動させる力となる。
 影が閃いては返り、さながら舞踏会の如く騒然となったその主賓席…ルビーを捧げる祭壇から離れた石柱の所で、ミリアは周囲の柱のように呆然とただ立ち尽くしていた。
 薄っすらと波打つ藍青らんせいの水面は、辛うじて均衡を保ち氾濫が起こるのを圧し留めている。だがそれも時間の問題かもしれない。震える四肢と心。硝子の床底に走った亀裂から、自分の中の何かが少しずつ崩れ始めているのを、ミリアはその人物を前にしながら思った。
「そんな……アン!?」
 在り得ない現実と、望んでいた妄念に下唇を震わせ狂呼するミリア。それにただ眼前の人物はゆるりと微笑んだ。
 柔らかく目を細めて、整った唇は緩やかな弧月を描いていた。慎ましやかで、美しい笑み。
 それが余りに記憶の中にあるそれと変わらなかった為、耐え切れなくなったミリアの頬からは、一滴の光が零れ落ちる。それは星の如く宙を滑り空気に弾けた。
「……ミリア、会いたかった」
「どうして……、あなたが!?」
 嬉しそうに鈴のような声を弾ませて、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。そしてフワリと自分を包んだ。
 今を取り巻く何もかも…その一つ一つが、亡くした筈の何かを自分の中に甦らせていた。

 懐かしい笑顔に頬が自然と持ち上がり涙が止め処なく溢れるのを自覚しながら、ミリアの中に微かに残った冷静な部分が現状を探る。
「どういう事なの? あなた、生きていたの? 私……ずっと待っていたのに、アン…来なかったから……」
 抱すくめられる形で、ミリアは零す。左頬が丁度アンの鎖骨に当たり、そこから確かな温かさを感じる。優しく自分の後頭部を撫でる仕草もまた、嘗て自分が泣いた時に何度もしてくれた事だった。変わらないそれを理解して、ミリアの双眸は押し寄せる感情の波に逆らう事をやめる。止め処なく溢れる涙は頬を伝い、アンに零れていく。
 それを感じ取っているのか、アンは尚も静かに自分の髪を撫で続けていた。
「! アン……」






 神殿の中で繰り広げられている風景は、情を持つ者には確かな何かを響かせてくるのだろう。薄闇の中から途絶え途絶えに伝わってくるミリアのか細い声は、その情緒に一層働きかけてくる。
 深い洞窟の中、冷え冷えとする青白い炎と、慌しく今も点っている魔法紋字の光が中の二人を照らし出し、四方八方にその影を伸ばし、跳梁ちょうりょうしていた。
「アンって……それじゃあ、あの人はノエル君の?」
 風に乗ってこの空洞を飛び交う声に、ソニアは目を見開いた。言葉の余韻が冷め止まぬまま、ゆっくりと隣に佇んでいるノエルに視線を送る。
「…………お母さん?」
 そこには、ただ聞こえてきた言葉に呆然としている少年の姿があった。大きな瞳を更に開いて、群青の瞳はただ乱流となった感情の波に蕩揺たゆたいながらその自身の言葉の人物を映している。神殿の中にいる女性の瞳の色も、髪の色も何処となく自分と通じるところがあった。
 フラリと引き寄せられるようにノエルの足が動く。それを慌ててヒイロが制した。
「ちょ、ちょっとノエル君!」
 傍から一見する限り涙腺が緩みそうになる情景だが、今ここを取り巻いている空気の酷悪さは生理的な嫌悪感を胸中に生み、それを容易に受け容れる事を阻み続ける。ミリアに寄り添う人物の挙動の一つ一つが空気を振動させ、肌が擦り切れるような疼きを、この場にいる者達に抱かせていたのだ。
 その細い腕を抑えられながら、ノエルは身じろぐ。
「離して下さい。いるんです。あそこに、お母さんがいるんです!」
「待つんだ。今、近付くのは危険だ」
「でも、でもっ!」
 大の大人の力に、小さな、それも年齢に見合わ事のない体格の少年の力が敵う筈は無く。ただ心の動きを伝えて、その場で身体を振り動かす事しかノエルには出来なかった。
「ミリアが話してくれました。僕の両親はもういないって……。僕にはあまり実感は無かったけど、ミリア…その事を話す度にとても哀しそうな顔をするんです」
 ノエルは胸元を押さえて、苦しそうに顔を歪ませる。
「お祖父さんが言っていました。お母さんとお父さんはとても仲が良かったって……。種族が違ってもお母さんはお父さんとお祖父さんに、良くしてくれたって」
「ノエル君……」
 ノエルの感情に同調したのか、悲哀に目を細めながらのソニアの呟きが、空気に染み込んで消えた。
「いるんです。あそこに、僕の――!」






「……ふふふ、あははははは」
 突如、ミリアを抱きしめていたアンが肩を揺らして哄笑こうしょうした。
 それを最も近くで聞いていたミリアは、何事かと弾かれたように顔を上げる。
 目の前には、見慣れた群青の双眸が在った。そこに宿した光が爛々らんらんと輝きを増している。喜々として声を弾ませながらアンはミリアの頬を撫でた。
「っ!!」
 その氷で撫でられたかのような冷たさに、思わず背筋がゾッとするのをミリアは覚える。突然奇声を上げる眼前の人物に、ミリアはただ狼狽しながら見上げる事しか出来ない。
 そんなミリアの動揺を微塵も気にしないで、眼前の人物…『アン』は言った。
「待っていたわ、ミリア。あなたが再びここ・・を訪れる時を。ルビーを持ってきてくれる時を」
「あ、アン?」
 何を言われているのか理解できない。意識をどれだけ凝らして記憶を探っても、皆目検討もつかなかった。
 腕の中で目を瞬かせているミリアを満足げに見下ろしながら、アンは口角をよこしまに歪ませる。
 悪寒がした。いつも自分を見守っていてくれた、あの優しい笑みでは無かったのだ。
「待っていた? 生きていた? あなたにそれを言う資格があると思って?」
「え……。ど、どういう事?」
 見下ろしてくる視線の質が変貌を遂げたのを、ミリアは肌で感じ取る。冷たく射抜いてくるようなこれは…そう。他のエルフ共に向けられていた侮蔑、誹謗、嘲笑、嫌悪……。
 一番向けられたくなかった人に、突きつけられた負の念は、ミリアの心身共々貫いた。
「……や、やめてよアン。そんな……、そんな眼で見ないで!」
 ここから脱しようと力をミリアは腕に篭めたが、震える身体には入らなかった。逆に、今まで優しく包んでくれていたアンの腕は、抱擁から緊縛へと力を移し変え、万力のように自分を締め付ける。背骨に過重な負荷が掛かって、全身を駆け回る痛覚に悲鳴を上げそうになった。
 擦れる声で締め付けてくる『アン』の名前を呼ぶが、それはただ冷笑で切り捨てられる。
「あら、忘れているの? まったく、相変わらず駄目な子ねぇ……。それなら、思い出させてあげるわ」
 アンは片腕を緊縛から放し、高らかと掲げる。その先では宙に浮いたままのルビーが、先程までとは比較にならない程の鈍重な闇をひしめかせていた。
 それを視界に見止め、愕然とするミリア。何とかして離れようとするが 叶わない。片腕だけになったと言うのに、締め付ける力は少しも衰えた様子は無かったからだ。アンの持っている腕力ではない、と言う事は冷静な頭のどこかで理解していたが、眼前の笑顔がそれをくつがえす。
 もう今を取り巻く事象の総てが理解の範疇を越え、何もかもがわからないままミリアの精神はき切れそうなほどに悲鳴を上げていた。
「さぁ、ルビーよ。罪深き魯鈍ろどんな愚者に、罪科の烙印を!」
「!!」
 ルビーが禍々しく、一層の強い光輝を放つ。
 視覚を通して頭の中に入り込んだ波動は、赤と黒と、青と白と、世界に在るありとあらゆる色彩を断続的に流し、混迷としか言いようの無い色彩の波は騒音を掻き鳴らし、濁流のようにうねり返しては擾乱じょうらんした。
「う…あ……! いやぁあぁぁぁぁあ!!」
 その流れは全身の神経を引き千切る。ミリアは最後の足掻きで絶叫していた。






 騒然としていた神殿の内側から、突如、鮮烈な紅い光が放たれた。
 祭壇をようした神殿は、圧倒的な光の本流をその内に圧し留めきれなかった為、柱と柱の間から延々と光は零れ続けている。その紅い閃光はこの広い空洞の隅々を照らし出し、水面に反り、岩肌の一つ一つを塗って行く。目の眩みそうになる光は、一瞬その場にいた者達に、外に放り出されたのかと錯覚させる。
 押し寄せる強烈な光は視界を灼き、止め処なく脳裏に何かを焼き付けていく。
「この光は……!」
 眩んだ視界で、この声が誰の物かヒイロには判らなかった。
 ただ両腕で顔を覆って、光から防御するしかない。それでも瞼の裏から感じる波動に、視覚は圧され後頭部に槍で貫かれたような痛みが走った。

 何かが頭の中に、意識の奥に流れ込んできた―――。




―――木の穏かな温もりを感じる空間。
 見た事の無い端麗な容姿の若い男性が、玉座らしき場所に座り込む壮年の男性を前に叫んでいた。
 声は聞こえない。だが、その必死の形相に宿る感情は解る。若い男性がどのような感情を抱いているのか自然とそれが自分に流れ込んでくる。
 それは身が灼き焦がれる程に激しい憤慨であり、心を擦り減らす程に切な嘆願であった。
 だが玉座の上から返される、侮蔑と忌諱に満ちた視線はその前に立つ男性を誹謗し、嘲笑う。
 苦渋に顔を歪めながら、玉座に座す壮年の男を一瞥して踵を返した。
 開け放った扉の先で、若く美しい女性がこちらを見ていた。
 その憂いと哀しみの色に充ちていた視線に男は顔に陰を載せ、颯爽と去っていった―――。




 眩い紅い光が止んだ。光の波濤に眩んでしまった目には、この洞窟の暗さは完全な闇に堕したのではないか、と思える錯覚をもたらした。
「ああ、あああ……」
 ガクリと膝を力無く地に突いて、凍えた身体を温めるように自分の身体を力強く抱きしめるソニア。止まらない心の震えがやがて神経、身体の麻痺に変わっていく。開かれた双眸からは止め処なく涙が溢れ、地面を濡らしていた。
「これ……は…」
 片膝で倒れそうになる身体を支え、もはや自分の意思では止められなくなった震える右腕を見つめながら、ヒイロは辛うじて動いた左手の爪を立て、右の二の腕に喰い込ませる。それでも止まらない震えと、感じない痛みに顔を歪ませた。
「身体が……、動かな…い」
 終には両腕までも大地に突き、四つ這いになって身体を支えるのがやっとになる。
 冷たい掌から伝わる筈の冷たい岩床の感触すら、麻痺に閉ざされていた身体には届かなかった。
「ど、どうしたんですか!? 皆さん?」
 次々と地に伏していく自分達を見て狼狽しながら、ノエルは悲鳴のような声を上げる。
 身体を動かす己の意志を越えて、自由を奪っていく何か・・に完全にヒイロ達は屈してしまう。自重に支えきれなくなった身体は横たわり、視界だけが開かれたまま刻々と時を刻んでいた。
(戦う意志が……、がれている……のか)
 心内で浮かんだ考えもまた、押し寄せる波に呑まれ掻き消えてしまった―――。




―――場面が変わった。何処かで見た事があるような薄暗い洞穴の中。
 圧倒的な大多数の前に、微力な抵抗をしながら追い詰められ逝く者達。
 一人、また一人絶命し、地に伏していく。
 理不尽に追いやられ、冷たい地の底で刈り取られていく者達。
 狂ったような叫びが上がる。恨み辛みを篭めた嘆きが上がる。
 何処かで見た事がある地底の湖で、先程見た男性の命もまた潰えた。

 静寂が流れる。陰が生まれる。闇が犇く。
 誰かが哀しみにすすり泣く声が聞こえた。絶え絶えに響く女性の声だった。

 女性は涙を流しながら、その身を緋色に染めて力無く地に倒れ伏していた。
 痛々しくも英々に広がる血の海の中。徐々に顔色を亡くし、物言わぬ姿は麗雅に。
 その手には血よりも紅く、金よりもまばゆく輝く宝玉が握り締められていた―――。




 突然に倒れていった仲間達を見て、ノエルはただ恐怖する。
 もしこれが、先程の紅い光によって引き起こされたのならば、何故自分は平気なんだろうか、と疑問に思うもそれ以上の思考は続かない。その為、ノエルは自分の胸元でぼんやりと光を湛えている首飾りに気付く事は無かった。
 ただ助けを求めて、周囲を見回す。すると少し離れた処で唯一人立ち尽くしているユリウスが目に止まった。
 わらに縋るような思いで、慌ててノエルはユリウスに駆け寄る。
「ユリウスさん! 皆が……」
「…………」
 反応は無い。だがしっかりと両足で立っている事から、ユリウスは周りとは違って身体が麻痺してしまったという事ではないらしい。ノエルは見上げながらそう確信した。
「…………あれは」
「ユリウスさん?」
 だというのに、それでも指一本動かそうとせず驚いたように目を見開いている様に不安を覚え、その向く先にへとノエルは視線を送った。
 そこには、神殿の中で濃密な霧のように漂っている闇に呑み込まれそうになっているミリアがいた。
「ミリア!」
 ノエルは叫んだ。だが声は届いていない。空洞に反響して鳴り響くそれに虚しさを覚える。
「…………同じだ」
 その余韻が消えない中でユリウスはポツリと呟いた。それは誰の耳に捉えられる事無く、闇に呑まれ消えた。






―――誰かが会話する声が闇の先から聞こえていた。
 それは、心の底から温かくなるような穏かな声。それは深い地の底で、岩肌に反響して何処までもたおやかに通る。それは優れた聴覚と相俟って、距離の隔たりを微塵も感じさせなかった。
 やっと会えた。薄暗い闇の中を駆けて来た自分にとって光とも言える人。
 そう思いながらミリアは、闇の中から光の下に飛び出した。
「あ、アン……。やっと…見つけた」
「ミリア!?」
 突如として現れた自分の姿にアンやスルーアは驚愕していたけど、その時はそんな事微塵も気にも止めなかった。
「どうして来たの? あなたにとって、ここは――」
 この洞窟の瘴気に当てられたのか、衰弱しよろめく足取りでミリアはアンにしがみ付く。彼女の体温を感じると、極度に続いていた緊張が崩れたのか、一気に涙腺が緩み涙が止め処なく溢れてきた。
「――置いていかないで……。一人にしないで……。独りは嫌。独りは嫌……」
「ミリア……、どうしたのその傷……。こんな酷い……」
 アンはミリアの背に腕を回しながら、泣きじゃくるミリアの頬や体中の傷を見て眉を顰める。
「大丈夫よ、ミリア。今治してあげるからね」
 ミリアの深い藍色の髪を優しく撫でながら、アンは回復魔法で傷の一つ一つを治療していった。淡い白色光が薄暗い洞窟の静謐を破る中、アンの夫のスルーアは二人を優しげな瞳で見守っていた。

 ――見つけた。

 地の底から響くようなおぞましい声が、唐突に地下空洞を響き渡る。
 その底冷えする声色に、誰もが恐怖を覚えた。
「! な、何!?」
 自分に回されているアンの腕に力が篭った。
 スルーアが何かに気付いて、虚空の一点を見つめながら震える声で呟いていた。
「アン! る、ルビーが!」
「え!? そんな……。封印したばかりなのに……」
 祭壇の上で光り輝き、確かに脈打っている紅い宝玉が薄暗い闇に包まれていた。それを見てアンは眼を見開く。

 ――ついに、見つけた……。

 再び、場に響いた。脳裡に直接叩き込まれるような、心を内側から蝕んでいくような声が。
 地底の湖もそれに隷従したかのように、その波紋を広く何処までも伝える。宝玉の一つの閃きで、周囲の空気の温度が下がり、圧倒的な悪意の波動に充たされていく。
 頭痛がしていた。いや、思えば洞窟に入ってからというものずっと纏わりついていたもの。ようやくそれに気を回せるだけ、ミリアの心にはゆとりが生まれていた。アンから離れ、周囲に怯えた視線を巡らせる。

 ――新しい器……。純エルフの、器……。

 そう言い残し、闇に包まれていたルビーは煙のように祭壇から掻き消えた。
「! まさか……」
「どうしたの、アン?」
「ミリア、逃げて!」
 後ろによろめき、慌てたスルーアに身体を支えられながらアンは呟きを零していた。それを聞きとめたミリアが、不安げにアンを見つめると、確かに震えている視線が自分に向けられていた。…正確には、自分の頭上に。

 ――手にしろ。我を手にしろ。

 闇に包まれ、掻き消えたルビーは何時の間にかミリアの眼前の虚空に漂っていた。
「……これは?」
 何かに引き寄せられるようにミリアはそれに手を近づける。
「駄目よ! ミリア、それに触れちゃ――!」
 アンの怒声にも似た叫びに、一瞬ミリアは身が竦ませる。だが、刹那の差でそれは叶わなかった。ビクンと身体を揺らした拍子でほんの微かにミリアの指先がルビーに触れていたのだ。

 瞬間、世界が真っ黒になった。いや、自分の意識の中にどす黒い何かが絶え間無く流れ込んできて、それに触発されて自分の中からも何かが溢れ出す。その外と内から溢れ出る黒が意識を覆い尽くしていった。
「あ…、ああ……。い……いやぁぁぁぁぁあああああ!」
 洞窟の中に、ミリアの気が狂わんばかりの慟哭が響いた。

 ――呪え、全てを。悪意に満ちた何もかもを。

 誰かが闇の中から囁いている。自分もそれに同調して、言葉を発する。
「……エルフは許さない。母様を殺した、エルフは……許さない」
「ミリア! 気を確かに持って!!」
 誰かの声が耳朶を打つ。だけど誰のものなのかわからなかった。

 ――壊せ、世界を。相容れない何もかもを。

「……人間は許さない。私を虐げた、人間は……許さない」
「ミリアちゃん!」
「人間も、エルフも。人間も、エルフも。ニンゲンもえるふモ……。許さない許さないゆるさないゆるさナイユルサナイ…………」
 言いながら自分の中で何かが弾けた。堰を切って氾濫するのは、自分に無いと言われていた魔力の奔流。それが一気に溢れ出て、大気を激震させる。
「ミリア、駄目――!」
 打ち震える空気に、誰かの声が掻き消されていた。

 自分を中心に渦を巻いて広がる大気。それは岩壁の燭台で揺らめいていた炎を巻き込んでは大火に変わる。
 気分が良かった。気の遠くなる永い時、自分の中に溜まり込んだドス黒い感情が解放されて、空に消えていく開放感。そして魔力の放出と共に沸々と沸き上がる昂揚感。
 炎が舞った後には風が捲き上がって、犇いていた湖水を躍らせる。解き放たれた風刃が辺りの岩壁も何もかもを切り刻んでいく。……そこにいた生命でさえも例外無く、無慈悲に。
 そこにいたのは二人。自分にとって大切な人と、その人にとって大切な人。
 そして二人は―――。



「いやあああ……ああ。あああ……」
 視線の先に甦る光景に、擦れ震えるミリアの声。弱弱しく響くそれは、脳裡に広がる現実が頑なに事実である事を指し示していた。それを見止め、『アン』は満足げにミリアの頬を撫でながら声を躍らせる。
「いけない子……。すっかり忘れていたのね。自分に都合の良いように……」
「う……、嘘よ。嘘よ嘘よ!」
「本当の事よ。ミリア。咎人のミリア。罪人の子のミリア」
「やめて、やめて。やめてっ!!」
「私達を殺したあなたを、私は赦さないわ。ミリア」
「違う違う……、私じゃない!」
 うちから込み上げて来る震えに耐え切れなくなって、ガクリと膝を地に落とすミリア。それに倣いながら追い討ちを掛けるように『アン』は両手でミリアの顔を包み込み、視線を強引に合わせる。
「あなたよ。あなたがその手で、私とスルーアを殺したの」
 外せない群青の視線の中には最早、記憶の中にある優しげな光のなど湛えておらず、ただただ自分に対しての求責のみであった。
 必死で顔を背けようとするが、圧倒的な力に押さえつけられてそれは叶わない。ただ意識だけが肉体を離れ往くような感覚がした。
「違う、違う違う違う違う!!」
「ライトでもダークでも無い、半端者の癖に!」
 言いながら『アン』はそっと頬を包んでいた両手を細い首に移す。そして白いそれを繊細な硝子細工にでも触れるかのようにそっと掌を這わせ、輪のように首を掌に包み込むと握りつぶすように力を篭めた。
「かはっ……。や、めてッ!」
 狭まる呼吸と意識に喘ぐミリアの、半ば狂乱するような叫びが再び洞窟に響いた。






 愕然としながらも、神殿の中から視線を眼を離せないノエルに、途切れ途切れにヒイロは呟く。
「の、ノエル君……」
「は、はい?」
 倦怠感に溢れた、酷く気だるそうなヒイロの声にノエルはハッとして振り向いた。
「俺の荷物の中にある……、皮袋がある。それの中身を……、ソニアに」
「え……、これですね?」
 言われた通り、いつもヒイロが携えている鞄を開け、目的の物を探す。性格なのか几帳面に整頓されていた鞄の中でそれを見つけるのは容易い事だった。掌に収まる程度の皮製の小袋を取り出して、ヒイロの見える位置にノエルは掲げる。
「あ、……あ。満月草の、粉末……さ」
 とうとう咥内まで麻痺し始める中、途切れ途切れに何とか言葉を紡いで、視線をソニアに示す。それに従い、ノエルは袋を持ってソニアの横に膝を突いた。
 ソニアはペタンと力なく腰を落とし、痙攣しているかのように全身を震わせながら涙を流し続けている。
 その様子に不安を覚えながら、ノエルはそっと口を開いた皮袋をソニアの口と鼻にあてがった。
「ソニアさん。吸い込んで下さい」
「…………」
 ソニアは声を出す事こそ出来なかったが、何とか呼吸はできていた。
 支える掌の中で、彼女の呼吸を反芻するように皮袋が小さく膨張し、萎む。それを繰り返している内に、そのリズムが規則正しくなっていくのをノエルは感じていた。
 やがて、ソニアは大きく咳き込んだ。それは確かな肉体の正常化を示すものだった。
「! ……え? 今のは……」
 眼をパチリと瞬かせながら、ソニアは今の自分の現状を確認する。
 何故自分はこんなにも涙を流していたのだろうか……。それすらわからない。胸の内に生まれた深い悲しみがそうさせたのだろうか。答えの見えない問を自らに投げ掛けていた時、ノエルがドサリと腰を地面に下ろしていた。
「良かった、元に戻った……」
「え…と、ノエル君?」
 安心している様子で溜息を吐くノエルに、ただ首を傾げるしかできないソニア。
「ソニアさん。皆さんが!」
 慌ててノエルは再び立ち上がってソニアの手を引く。その先ではミコトとヒイロが力無く地面に伏していた。
 それを見止め、顔を強張らせながらソニアは二人に歩み寄り、状態を診る。
「これは……、身体が麻痺しているのね。……わかったわ」
 ソニアは力強く頷いて、地面に膝を突いて呼吸を整える。そして瞼を伏せたまま両手で杖を真横に構えた。
 普段よりスムーズには行かないが、精神を集中して魔力エーテルを集約させる。
「天を流れる正なる風よ。活を阻む負怨の呪縛を齎す者より、自由の空へと解き放ち給え。キアリク!」
 淡い緑色の光を灯した風が優しく二人を包み込んだ。それは微かに脈打っては二人の身体に染み込んでいき、やがて消える。
 その光が消えると同時に、倒れていたミコトとヒイロはゆっくりと身体を起こした。
「ふぅ……ありがとうソニア」
「助かった……か。でも今のは……」
「わからない……、ただとてつもない悲しみが、胸の中に流れ込んできた気がするわ」
 言いながらソニアは目尻に残った涙の残滓を拭い取る。それにつられてか、ミコトも眼を伏せがちに呟く。
「……あの悲しみは、この地で殺されたハーフエルフ達の、か」
「ええ……多分」
「だけど、どうして私たちにそれがわかったんだ? そんな……知りもしない過去の事を」
「……あの泉、と考えるのが自然かもしれない」
 考え込むように口元に手を当てていたヒイロは、今がその時ではない事にようやく気が回った。どうにも先程の麻痺で、思考回路までもがそれにやられてしまったのではないか、と言う妙な感覚に歯痒さを覚えるも、即座にそれを黙殺して、現状を見据える。
「……ユリウスは? 彼もさっきのルビーの光に?」
「いえ、ユリウスさんなら、あそこに……」
 辺りを見回しながらのヒイロに、ノエルがその方向を視線で示した。

「ユリウス? おい!?」
 神殿の方へ警戒を怠らずに、ミコトは近付いてユリウスを窺う。そこには驚愕に目を見開いたまま、呆然と立ち尽くしている姿があった。その様は普段の彼を知る者達にとって明らかに異様だった。
「ユリ…、ウス?」
 怪訝にミコトはユリウスの顔を覗き込むも、反応はしない。いやこちらを視界に留めていないのかもしれない。ただただ漆黒の視線が捉える先では、ミリアが赤い闇に捕われて、発狂したような叫び声を上げている。すぐ側でミリアの首を両手で持ち上げている『アン』もまた同じような闇を纏い…いや、その人物そのものからこの闇が発せられているようだった。
 その尋常ではない光景を見て愕然としながらミコトは声を震わせる。
「何だあの闇は……。ミリアを呑み込もうとしているのか?」
「違う……。あの闇は、精神を灼いているんだ」
 ポツリと、どこか弱弱しくさえ感じられるその口調と、言葉の意味にミコトは眼を細めた。
「どういう意味だ?」
「…………」
 問い返すも、ユリウスは全く反応をしなかった。
 ただ、薄闇の中にあって鏡のように映える漆黒の双眸には、何かしらの影が過ぎっているのをミコトはその淡々とした横顔を見上げながら感じていた。





―――闇夜が支配する空の下、冷たい風が荒れ狂い草原を轟かせている。
 一つの歯車は既にここを失せ、一つの歯車は今まさに欠けようとしていた。
 星と月がぽっかりと浮かぶ闇の空の下で、青い返り血に塗れた自分が佇んでいた。呆然と眼を見開きながら漆黒の空を見上げている。
 寒気がするくらい大きく見える白翠の満月。それを背景に逆光で影に姿を霞ませながら、少女は闇を纏い人ならぬ所業で宙に浮かんだまま、こちらを見下ろしていた。朱茜色の双眸は陰る姿の中で爛々と輝いて見える。
 泣きそうになりながら…いや、多分泣いていたんだろう。零れ聞こえる声は悲痛に震え、普段の毅然とした様子を微塵も孕んではいない。キラリと眼から何かが零れ落ちていた。それが月の光を受け止めて、月の雫となって大地に堕ちた。
 彼女の周囲に紅く、黒く、おぞましい闇が収束し、彼女を包み呑み込んでゆく。堕ちつつある自分の身体を見つめて愕然と眼を見開く姿は、ただ恐怖を湛えていた。
 ゆっくりと大地に降り立ち、こちらへ歩んでくる。一歩一歩足を進める度に、彼女の顔が激痛に歪む。頬を伝っている涙は、止まる気配すら見せない。
 彼女は自分を視界に捉え、悲哀を湛え弱弱しく微笑んだ。
(やめてくれ。それ以上……)
 揺れる双眸がこちらを捉え、小刻みに震えていた形の良い唇が、言葉を紡ごうと動く。
(言うな……。言うな。言うな言うな! 言うな言うな言うな――)
 そして、それは告げられた―――。



「――ぁぁぁぁっ!!」
 ユリウスは両手で頭を押さえ、地中の天を仰ぎながら荒れ狂う嵐の大海の如く咆哮していた。剣を硬い地面に落とし、その甲高い音が鐘のように鳴り響くも、それを気に止める素振りさえ見せない。ただ声にならない叫び声を上げて、両手の指先で漆黒の髪を包んでいる銀のサークレットを掴んでいた。
 赤い光を視界に捉えてから頭の奥でいなないていた頭痛が一際大きく響いた。
 それに思わず両膝を大地に突いて、うずくまる。だがそれでもサークレットを掴む手を離す事は出来ない。
「ユ、ユリウス?」
「どうしたんだ、おい!?」
 周りにいる誰かが何かを言っている気がする。だが気にはならない。
 目の奥が熱い。視覚を閉ざして己と外界との境界を灼き切ろうと、何かが激しく猛っている。
 力を篭めて噛み締めた下唇が裂ける。血の味が口内に広がった。それは胃の中からとくとくと込み上げて来る熱に絡み合って、鼻と舌の感覚を掻き消した。後頭部に絶えず鳴り響く金切りの鐘楼は耳の感覚を奪い去り、ドクンドクンと高鳴り早まる心臓の動悸は、身体の感覚と意識を引き剥がそうとしていた。
 闇に消えそうになる意識を奮い立たせ、震える腕を何とか動かして腰のベルトに備えてあった聖なるナイフを取り出す。そしてそれを勢いよく左腕に突き立てた。
 深深と立った白刃に沿って、紅い鮮血が花弁のように噴き出しては地面を濡らす。
 痛みは、無かった。
「な、何を?」
「ちょっと……」
「触るなっ!」
 慌てた声と共に触れてきた誰かの手を乱暴に払う。
 肺腑に残っていた空気を全て吐き出すと、周りの雑音は完全に消え去った。
 動きの妨げになっていた見えない何かを振り払い、地面に落とした白刃を拾っては力強くそれを握り締める。そして手の中の剣のように、底冷えする鋭い視線に濃密な殺意を纏わせ、前を仰いだ。
 黒い瞳は映る視界の一点を捉える。全身を駆け巡る憎悪の波濤が濁流よりも荒々しく狂い昂ぶり、裡を喰い破って溢れ出しそうな感覚が己の総てを支配する。
 すぐ側にいるミコトにも聞き取れない声でユリウスは呟く。目の前にるのは―――。
魔族てきだ」






「ああ……あ、あ…あああ……あ」
「気分が良かったでしょう? 気持ち良かったでしょう? あなたを疎んだエルフも、人間も殺せたのだから!」
「やめて……」
「あなたはそういう子。一人でいるとすぐに泣く綺麗で壊れ易い子。強がって強がって自分を偽る弱い子。ライトエルフでも人間でも無い異端の子」
 両手で首を持ち上げられながらミリアは喘ぐ。すでに両足など地面から離れてしまっている。自重に首が耐え切れずに千切れそうになる錯覚を覚えていた。首を締め付ける力に頭への血の巡りは阻害され、それは意識を保ち続けようとする事を否定する。
「これがあなたへの断罪。あなたが犯した罪を償える唯一の贖罪の形」
 すでに霞み始めた視界。視線を下げると喜悦に顔を醜く歪ませている大切な人の顔があった。
(そんな、顔……。見たくない……アン)
 消え往く意識で、ミリアはそう思った。

「もう一息……。もう少しよミリア。もう少しで、あなたも魔に堕する。あなたを形作っている邪魔な心が壊れる。それさえ壊れてしまえば、後はその身体を乗っ取るのは簡単な事。この世界でただ一人の器。光闇の妖精…エルフ族が分化する前の、純エルフの器。……その器が我ら・・の物になる」
 高らかに嗤う『アン』の背後に、周囲の闇が凝って形成された赤黒い影が顕れる。浮かび上がったそれは『アン』の身体に張り付いて、更なる醜悪な邪気を周囲に撒き散らした。
「かつて我らを卑下にしてきたエルフ共を皆殺しにして、我らは生を獲得する」
 変質した黄金の瞳が妖しげに光る。それに見つめられ意識が崩れ落ちそうになった。
 閉じられ往く瞼を見つめながら、『アン』はミリアを持ち上げる手に揚々と力を篭める。
「これで終いに―――」
「ベギラマ!」
 鋭い言葉と共に、熱線と衝撃が闇を貫いてミリアを掴んでいた手を焼いた。
「ぐあぁぁ!」
 叫びと共に、ミリアは解放される。地面に座り込んでは急に通るようになった呼吸に、身体が悲鳴を上げている。
 その前で両腕からプスプスと肉の焼ける不快な匂いと黒い煙を立てている『アン』は、視線で相手を殺せそうな程の邪気と憎悪を篭めて、熱線が発せられた方を睨みつける。
 向けられた殺意の先には、剣を構えたままゆっくりと歩み寄ってくるユリウスの姿があった。その表情はあらゆる感情を破棄した無表情。ただその漆黒の双眸だけには、剱のように鋭い純粋な殺意が漂っていた。
「おのれっ! もう少しで心を壊せそうだったのに……。邪魔をしないで貰えるか人間が」
「その状態・・……。お前、魔族だな」
「……」
「ライトエルフは基本的に陽の存在属性に在る。だがお前からは、薄汚い陰のマナしか感じない。ライトエルフの王族が、お前のような陰の気に満ちている事。指し示す事実は二つ。堕したか、乗っ取られたか」
 淡々と低く響くユリウスの声には、やはり感情は篭っていない。恐ろしく無機的に言葉を綴っていた。
「……だが、そんな原因などどうでもいい。お前が魔族であるならば、殺すだけだ」
「……くく、あははは! バレてるなら、仕方が無いな」
 身体を揺らして高らかに笑い声を上げる『アン』…いや『アン』の容姿かたちをしている者。
 その、嘗て『アン』であった肉体の背後に浮かび上がった幾重もの赤黒い影が重なる。それはしっとりと肉体の中に染み込んでいき、やがて容姿までもが変貌した。
 深緑の若葉を思わせる緑の髪は闇よりも深く黒くなり、深遠の憎悪を湛える最早エルフの物ですらないその双眸は、闇を吸い込んだかのように黒くなった眼球の中で妖しげな黄金に煌き、こちらを射抜いてくる。
 病的なまでに青白くなった肌の上に、不可思議な刺青のような紋が浮かび上がり、それが瞬く度に醜悪な闇を生み出しては身体を覆っていく。
「人間よ、夢見るルビーを持ってきてくれた事に礼を言おう。我と同朋の魂魄の多くが封じ込められたコレがあれば、我らも再び世界にかえる事が出来る。おまけに、ライト、ダークですらない純エルフの至高の器まであると来た。今日はとても良き日かな」
 旺然と両手を掲げ、歓喜する。その度にあたりに犇く闇の濃度が増していく。
「それで、どうする? 人間よ」
 黄金の捕食者のような瞳をギロリとこちらに向けてくる。それと共に、肌にピリピリと伝わってくる圧倒的なマナの波動。心底嫌悪を覚えるそれらは間違いなくである事の証明。
 凍て付いた漆黒の双眸の中に燃え滾る憎悪を走らせて、ユリウスは淡々とした言葉を吐き棄てる。
魔族てきは殺す。…………皆殺しだ」
 ユリウスは剣を構え、魔族に疾駆した。




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