――――第一章
      第八話 魔を導す器







 レーベ村の北東に位置する館。石造りのその壮健な館の事を、村で知らない者は無かった。
 この村で、その屋敷の事を尋ねると、実に種々多々な解答が返ってくる。
 その全てが眉唾物の胡散臭い物であるが、世界に名立たる賢者の薦めもあってユリウスを欠く、ソニア、ミコト、ヒイロの三人は訝しむ村人達の視線を一身に受けながら、そのくだんの屋敷に案内される。

 眼前に立ち、その館の醸し出す只ならぬ雰囲気に一同息を呑む。
 ここまで案内してくれた青年は冷たい、露骨に訝しんでいる視線を三人に投げかけ続けている。「こんな場所に何の用なんだ?」という声が聞こえてきそうでならなかった……。
 取り敢えず、説明するのは手間の掛かりそうな事だったのでそれを適当に流して、そそくさと青年に礼をする。そうされてはもう引き下がるしかない青年は、最後まで首を傾げたまま横目に三人を見ながら離れていった。
「……一体何なんだ?」
 理由も無しに、冷たい視線で見られ続けすっかり気分を害していたミコトは、声色を低くして呟く。
「……さぁ、随分冷たい目で見られたわね」
「日常から遠く離れたものは、なかなか日当たりが悪いからね」
「ヒイロは随分と達観しているな。…………年寄り臭いぞ」
 遠い目でしみじみと言うヒイロに、ミコトは半眼で見つめながら呟いた。その緑灰の視線がヒイロに鋭く突き刺さる。それを受けて力無く頬を掻き、苦笑を浮べるヒイロ。
「ははは…。いや、盗賊って職業も似たようなものだからさ……」
「……成程」
 どこか虚しい響きのヒイロの言葉に、深く納得してしまうソニアであった。

 十数回にも及ぶ迄に戸を叩き続けたが、館は不気味な沈黙を保ったまま一向に変化が無い。
「…さて、どうしようかな?」
「……これだけ呼んでも出てこないなら、留守なのかしら?」
「…始めから、誰もいないとかね」
 困った様にヒイロが呟くと、ソニアもミコトも頭を振る。どうしようもない、という意志表示であった。
 暫し、黙した後ヒイロはポンッと手を打ち合わせる。
「うーん…。…………じゃあバウル殿に言われた通りにするか」
 どこか嬉々とした声のヒイロに、間髪入れずにミコトが反駁する。明らかに不機嫌な時の声色で。
「……おい。本当にやるのか?」
「けど、他に方法がないだろ?」
「……だけど、そんな空き巣のような真似……」
「大丈夫。堂々としていれば怪しまれないよ」
「……そういう問題じゃ無いような気がするな」
 彼女達に論点の違う励ましをしながらヒイロは道具袋を探り、先刻賢者バウルより賜った盗賊の鍵を取り出した。どこか今にも鼻歌が聞こえてきそうな軽快さである。
「良心の呵責が……」
 正義感の強いミコトは、未だに割り切れないのか、両手で頭を抱え込む様に唸りながら右往左往している。
「『盗まざる事、欺かざる事、傷つけざる事……』。『目先の欲に溺れる事なかれ、眼前の虚構に惑わされる事莫れ……』。『自らの成す道を見紛う事無く進むべし。それこそが真の幸福なり。それこそが心の降伏なり』………」
 ソニアはソニアで、両手を組んでブツブツとルビス教の聖典にある文句を呟いている。
 それらを全く気にする事無く、ヒイロは鍵穴に鍵を入れる。そして……。
「お、開いた開いた。……バコタの作った鍵っていうのは伊達じゃないな」
 小気味良い音と、開錠特有の手応えにヒイロは満足気な笑みを浮べる。
「ヒイロ!!」
 感心し切って鍵を眺めているヒイロに、大声でミコトは詰め寄った。その声量に、遠目から訝しそうに眺めていた数名の村人が反応して更なる注目を集める。
 ヒイロはヒイロで、ミコトの迫力に気圧されて思わず後退した。
「な、何……でしょうか?」
「開けたのか?」
「ま、まあね。ここに何時までも屯している方が、怪しまれるだろ?」
「それは、……そうだけど」
 飄々と周りを指しながらヒイロ。それを追う様にミコトとソニアは視線を動かすと、不審者を見る目の村人達に囲まれていた。下手をすれば、この村に駐留している兵士に通報されるかもしれない……。そんな考えがミコトとソニアの頭の中を同時に過ぎった。
 仮にも『勇者』の供が空き巣紛いの行動の結果、兵士達に連行される。そんな想像を浮べ、即座にその痛ましくも現実味の有るそれを振り払う。
 それに気付いてか、気付かずかヒイロ。
「じゃ、行こうか」
「お、おい……。少しは躊躇しろよ」
「……い、いいのかしら? 幾らバウル様のお知恵だからって」
 狼狽している二人を他所に、恐ろしく堂々とヒイロは戸を開けて館に足を踏み入れていく。うろたえたままミコトとソニアはヒイロに続いて、館に消えていった。

 後日、これが館にまつわる新たな噂に加わった事は言うまでもあるまい……。








 事の原因は数時間前に遡る。
「研究所?」
 ナジミの塔の最上階。その一室で湯呑みをテーブルに置きながらミコトがそう問い返す。
 深く頷きながらバウル。
「うむ。レーベ村の北東にある建物の事じゃ。そこで、魔導器の研究と開発をしておるのじゃ」
「魔導器ですか……。物騒ですね」
 その単語にヒイロは目を細める。声色から深刻な事だと言う事がソニアにも判った。
「ほう…、お主は聞き及んでおるのか」
「ええ。他の地で幾らかそういうのを目にする機会がありまして」
 ヒイロは嘗て廻った、古代遺跡群の中で見た代物を記憶の中から引き出す。そして同時に、その危険性に対しての警鐘も自身の中で鳴らしていた。
「…あの、バウル殿。“魔導器”というのは?」
 恐る恐るといった口調でミコトは訊ねる。
「文字通り、魔法を御する代物じゃ。元来、魔法とは生命体が魔を御する術の事。その仕組みを解明し人が扱う道具に反映させる事により、それだけで魔を御する事が可能な代物じゃ。これを用いれば、魔力を扱う術を知らぬ人間でも魔法を行使する事ができる」

 魔導器とは、精神統一によって成される魔法構築の過程を特殊な魔法紋字によって、図式化、実体定着化する事で魔力を扱えない人間でも魔法を行使できるようにした装置である。刻み込まれた魔法紋字に精神力を注ぎ込む…即ち、意識を集中させる事で紋字配列に応じた魔法を発現させるのである。
 用途は実に様々であり、攻撃魔法や回復、補助魔法。更には物理的領域で実現し難い作用、現象までをも引き起こす事が出来る代物である。
 魔導器自体を発動させる為に必要となる集中力、精神力は普通に魔法を扱う消費量と変わりはないのだが、小難しい魔法構築理論を学習せずに済む事と、長々とした精神統一を必要としない、と言う理由で主に冒険者達に利用されている。
 ただし、余りに高度な魔法は図式化する事が非常に困難である事、それを発動させる為の精神力の消費が膨大である事、そしてその際の制御が非常に難しく、暴走しかねないと言う危険性も併せ持っていた。
 世に広まっている'魔道士の杖'や'キメラの翼'など市販されている物が多々あるが、それらを生み出す術を発見、解読、開発したのが眼前に座るバウルを始めとする名高い十三賢人の数名だという事を一般の人々は知らない。
 それらが世に出て数十年の月日が経っている事と、既に日常に溶け込んでいる事が要因の一つでもあった。

「…古代遺跡からも、魔導器は数多く発掘されているからね。まあ、魔導器に扱われている技術や魔法紋字が高度過ぎて、解析できる代物は少ないけど」
「……そんなものを研究している場所が、あのレーベにあったのか」
 慄然とした面持ちでミコトは唾を呑み込む。あの安穏に包まれた村に、そのような物騒な施設があった事が信じられないでいたからだ。ふと、以前護衛の仕事で会った道具屋の店主の穏やかな笑顔が脳裡を過ぎる。
「因みに、お嬢ちゃんが持っておるその杖も、魔導器じゃぞ」
 ソニアの傍らに置かれた、古びた錫杖を指差しながら穏やかに微笑むバウル。それに驚く一同の中でソニアが最も瞠目していた。言われた言葉を吟味し、目を瞬かせ、指し示された杖を握り締める。
「これはお母様から出立の際に頂いたのですけど、魔導器だったのですか?」
「うむ。その昔、お主の母ディナが作り上げた‘ルーンスタッフ’じゃ」
「へぇ…、やっぱりそうだったんだ。何となく、そんな雰囲気はあったからね」
 興味有り気に杖を眺めているヒイロに、ソニアは苦笑しながら、見てもいいよ、と手渡した。その時、バウルの口調に思う事が有ったのか、ソニアは訊ねる。
「……バウル様は、両親をご存知なのですか?」
「…何じゃ、聞いておらんのか? お主の両親…ラドルとディナはわしの弟子じゃよ」
「ええッ!?」
「十三賢人『三博士・理』ディナ=ライズバード女史。まさか、ソニアの母親とはね」
 杖に刻まれた魔法紋字を眺めながら、ヒイロ。魔導器についての知識があるからこそ、その名を聞き及んでいたのであった。ミコトはヒイロの言葉に感嘆しながら、ソニアの横顔を見つめ、ソニアは語られる事実の大きさに茫然としていた。
「……知らなかった」
 ソニアには、そう言葉を零すのがやっとだった。同時に最も近しい人間である両親の事について、何も知らない自分に恥ずかしくなる。
 心内で思っている事がその表情に顕著に表れて、羞恥からかソニアは微かに頬を赤く染めていた。
「ま、仕方ないじゃろう。あやつは、その名を呼ばれるのを好んではいなかったからな。……恥ずかしいから、とか何とか言いおって」
「お母様が……。そうなんですか」
 狼狽している様子を全面に顕す少女を、バウルは宥める。ころころと表情の変わる少女に、郷愁さえ覚えながら。
(真意は別にあるじゃろうが……)
 そこでバウルは一旦言葉を噤んだ。

「すまんすまん。話の腰を折ってしまったの……。とにかく。まずはその研究所を訪ねて見る事じゃ」
「はい」
「ただのぅ…」
「ただ?」
 言葉を濁すバウルに、ミコトは不思議そうに首を傾げる。偉大な賢者が憂うような懸念が、自分には全く思い至らない。
「あそこでわしの弟子が研究をしておるのじゃが、奴は研究に没頭すると他の事に目が行かなくなってのぅ。更に、人嫌いじゃから入り口に鍵を掛けているやもしれん」
 何となく、嫌な予感がしてミコトは口にする。
「……もしかして、中に入れないかもしれない。そう言いたいんですか?」
「うむ。じゃが、心配はいらん。それがある」
「盗賊の鍵……ですか?」
 苦笑を浮べながら、皺だらけの手で先程三人に与えた盗賊の鍵を指す。小さな窓から入り込んできた陽光に照らされ、卓の上でキラリと光る鍵は自身の存在を主張している様だった。
 名立たる賢者の言い分に、正義感の強いミコトは愕然としながら言葉を零す。
「…まさか白昼堂々、忍び込めと?」
「うむ。それもまた致し方あるまい」
「……鍵は合うんですか?」
 呆気に取られているミコトを横目に、バウルの提案に賛同している訳ではないソニアもおずおずと鍵の合致性を問う。その声色は、半ば鍵が合わなければ良いと願っている様にも聞こえる。
「それは大丈夫だと思うよ。何せ、あのバコタが作ったものだからね。大抵の一般家屋の鍵なら開けられるよ」
 二人の少女の狼狽振りに苦笑を浮べながら、ヒイロはソニアの疑問に丁寧に答えた。
「?」
「バコタはな、合い鍵を作る事に長けた盗賊じゃ。あやつ、鍵職人として世に出ておったら大成したやもしれんのに、目先の欲で身を滅ぼしおったからな……」
 どこか遠くを見詰めるような視線でバウルは呟いていた。








「あの、すみません……」
 館の二階、外の光を遮る様にカーテンを閉め切っている薄暗い部屋の中で、机に向ったまま俯いている男の背中に、ソニアは恐る恐る声を掛けた。
 男の風貌は、無造作に伸び切った茶髪を後ろで一纏めにし、宮廷の学者が着ているような白衣には、所々何やら奇怪な液体が所々染み込んでおり、形容不可能な色彩にまみれている。部屋を閉め切っていた為か空気の循環は無く、妙な薬品の匂いが部屋中を充満しており、三人は顔を顰める。
「…………」
 呼び掛けられても反応の無い男に、ソニアはもう一度試みる。幾許か声量を高めて。
「すみません!」
「おわっ!! …な、何なんだ貴様等は。どうやって入ってきた? 鍵を掛けてあったんだぞ!」
 男は盛大に驚いて、思わず椅子から転げ落ちた。対して声を掛けたソニア自身も、男の上げた大声に驚いて身を竦ませている。
 床に座ったまま、憮然とした様子で見上げてくる男の問いに、ヒイロは返答に困りながら盗賊の鍵を出す。
「……これで」
「それはバコタの盗賊の鍵!? ……って事はバウル師の処から来たのか?」
「ええ、まあ……。訊いていませんか?」
 気を取り直したソニアは、盗賊バコタの鍵というのはそれほどまでに知名度がある物なのか、と疑問を抱きながら、研究者に尋ねる。
 すると、汚れた白衣の裾を払いながら男は立ち上がり、不精髭を擦りながらミコトを見やる。
「いや、訊いているぞ。…そうか、君が『勇者』か。まるで女の子の様だな」
「私はユリウスじゃない! そんな事よりも、どこからどう見ても私は女だろう!!」
 しみじみと一人で納得していたが、すぐさまミコトが反発した。男の言葉の前者も後者もミコトの感情を逆撫でするには充分過ぎる効果があったからだ。
「へ? 黒髪って聞いたからてっきり……」
「黒髪って…。世の中にどれだけ黒髪の人間がいると思っているんだ?」
「いやあ、悪い悪い。世間の流れには疎いんだ……」
「疎いにも程があるぞ! 自覚してる分、性質たちが悪いな!!」
「ミ、ミコト。落ち着いて…………、ヒイロ?」
 余程ユリウスに間違えられたのが癇に触れたのか、女と判別されなかったのが癪に障ったのか、いきり立つミコトを宥めながら、何時の間にか部屋の片隅にある机に向って、何かを覗き込んでいたヒイロに怪訝な眼差しを送る。
「へぇ…、これはなかなか面白い仕組みだな。……成程。ここをこうして、入れ換えると……」
 愉しそうに装置の部品を組替えているヒイロを見て、男は慌てて掛けよりヒイロの手からそれを奪い取り、既に組み返られたそれを物惜し気に見詰める。
「おいコラ、貴様ぁ!! 何勝手にいじくってんだ?!」
「ん? いや、興味深いものがあってね。つい……」
「…つい、だとぉ?」
 ヒイロの間の抜けた発言に、男は唖然として口を開いたまま身体を戦慄わななかせていた……。

「……貴様等、これを取りに来たんだろ? さっさと持ってけ!」
 机の上に山積みされていた用途不明な物を漁り、小さな球状の物を放り投げてくる。
 大きさは両手で包み込める程度のもので、朱色に塗り固められているが手触りからその材質が硝子のようなものだと判り、外周には仰々しく魔法紋字が刻まれていた。
 それを慌てて受けとってソニア。
「……これは?」
「魔法の玉だ。それに魔力を注ぐと爆発する仕組みになっている」
「へぇ…。見たところ唯の硝子玉なのにね。……ソニア、ちょっと魔力を注いでみたら?」
「そうね」
 ミコトの言葉に頷きながら、真っ赤な魔法の玉を両手で包み込む様に持ち、ソニアは魔力を注ぐ為に意識を集中しようとする。………が。
「ば、馬鹿! 止めろ、こんな処で使うな!! 死ぬ気か!?」
 その様を見た途端、研究者は壁際まで一気に後づさり、両手を大袈裟に振りながら声を出してそれを止めようとする。
「え……?」
「……今、何か聞き逃せない言葉が聞こえた」
「……そんなに物騒な物なのか?」
 そんな男の不穏な言葉と行動に一同頬を引き攣らせていた。
「封印の石壁をフッ飛ばすんだろ? 詳しい仕組みを説明するから、取り敢えずそれしまえ。間違ってもここで魔力を注ぐんじゃねぇ、いいな! お嬢ちゃん!!」
「は、はい……」
 男の剣幕に押されて、ソニアはおろか傍らのミコトまでもがただ首を縦に振るだけだった……。








 翌朝、宿の食堂にて。
「……で、誘いの洞窟まで行くのか」
 概ね行き先の見当がついていたユリウスは、朝食後のコーヒーを啜りながら言った。その声色はいつもの淡々とした調子で、昨日の事が尾を引いているようでは無かった。
「ああ。そこにロマリア王国に繋がっている旅の扉がある。その封印を解く為に魔法の玉と盗賊の鍵が必要らしいんだ。もう両方揃っているから、後はそこに行くまでの準備だね」
 ヒイロの言葉を聞きながら、ふとソニアはおもむろに口を開く。
「そういえば、旅の扉って実際にはどう言う理屈なの?」
 義務教育機関は元より、神官学校で旅の扉の仕組みについて学ぶ事は無かったので、不思議で仕方が無かった。それこそ、教師や司祭に神の奇跡・・・・という一言で片付けられていたからだ。
 答えを求めるようなソニアの視線を受けて、ミコトは渋面を浮べながら首を横に振る。長年の旅路で何度も旅の扉を使用した事があるが、その原理は自分の持っている知識では不思議・・・という形容以外できる物ではなかった。
 そんなミコトの考えに続く様に、口元を抑え考え込むヒイロ。
「詳しい事は解っていないんだ。古代人が遺した装置だって事は判っているけど、詳細は不明さ」
「……あれは、魔導器の一種だと聞いた事がある」
 抑揚の無い声で切り出すユリウス。視線はコーヒーカップの中に落したまま、表面に虚ろに映る自身の顔をどこか睨み付けるようにしながら。
「!!」
「そうなの?」
 それに驚愕して眼を見開くヒイロとミコト。
 そんな二人を横目に、ソニアは旅立った時ナジミの塔についての事柄を述べていたユリウスを思い出す。その一般教養レベルから見て異常とまで言える、その知識の量と質に、神官学校を主席卒業していたソニアは少し嫉妬を覚えた。
「……'アバカム'という魔法を知っているか? それを実体定着化させたものらしい」
「アバカムって、アレ・・は単なる開錠魔法だろ?」
 語られるそれを咀嚼そしゃくしながら、僅かに声を震わせるヒイロにユリウスは極めて淡々と続ける。
「違う。それは人間が使う時、唯そう言う効果が出ているに過ぎない。普通の人間以上に強大な魔力を紡げる存在が扱えば、その効果は違ってくるという……。嘗てダーマでは特種魔法に分類をされていたが、使いこなせる人間が片手で数える程度の少数であった事。今現在・・・、ダーマ神殿に登録されている賢者・魔法使いではそれを行使できる者が存在していない事から、その分類名すら廃れてしまった」
「……へぇ、それは面白い説だね」
「アバカムの本当の効果は、異なる二点の空間連結。即ち、任意の場所に旅の扉を開く超高度移動魔法だ」
 幾多の古代遺跡を見て廻り、その手の知識に敏感なヒイロはユリウスの言う新説に興味津々といった様相で聞き入る。ここで、ヒイロもユリウスの知識の異常性に気が付いた。先程から語られるそれには、まるで実際に目にした事があるような確信に満ちている、と感じ取れたからだ。
「……ユリウス。君のその知識源は一体何処なんだい?」
「別に、……答える義務は無い」
 誰にも気付かれる事が無い位微かに、ユリウスはカップを握る手に力を込めていた……。

「あれ? ……移動魔法は無理だとしても、キメラの翼でならロマリアまで行けるんじゃない?」
 アリアハン大陸外から来たという、ミコトとヒイロを交互に見詰めながらソニア。
「多分無理だと思うよ」
「どうして?」
 魔導器についての知識に疎いソニアに、ヒイロは丁寧に答える。
「キメラの翼は移動する対象者全員がその目的の場所をイメージできなければ駄目なんだ。失敗すれば、キメラの翼に刻まれている魔法紋字が暴走して、転移中の局所的閉鎖空間…移動対象者を保護する魔力場が崩壊を起こす。そしてその際に生じる場の崩壊の余波と、空間の歪みに巻き込まれて世界中にバラバラに飛ばされるだろうね。……解りやすく言えば、転移中に空中でいきなり全方位無差別に、強制転移魔法バシルーラを掛けられるようなものさ」
 難解な専門用語列ねて恐ろしい事を飄々と語るヒイロに、ソニアとミコトの顔が引き攣っていた。一人冷静に、ヒイロの言に思うことがあったのかユリウスは口を挟む。
「いや、それ以前にキメラの翼の魔法紋字が発動を起こさないだろ。その例えは至極限定的な場合…転移中に移動対象者が寝るか混乱するか、転移先をイメージを出来ない状態に陥るでもしない限り有り得なくないか?」
「ま、確かにそうなんだけど……。それに引き換えルーラは、術者のイメージだけで充分だけどね」
 先日ルーラを実際に使ったユリウスにヒイロは視線を移す。それに頷きながらミコトはソニアとユリウスを順に見る。
「それで、ソニアとユリウスはアリアハン大陸から出た事が無いんだろう?」
「ええ、そうね」
 ミコトに同意する様にソニアはコクンと首を縦に振る。
 三人の会話の途中から結論が見えていたユリウスは大きく溜息をついた。
「……結局、行くしかないのか」
 ユリウスの言葉に他の三人は強く頷いた。




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